2009年1月アーカイブ


 
 流産後すぐに自然妊娠して不安 DSC08463_thumb.jpgですが、今のところは大丈夫です。

 


 7Wで不妊専門の病院を卒業して、8Wに助産院へ転院しました。


 

 先週は9Wで初めて母子手帳を手にしました。


 

 今日は、母子手帳を持って総合病院へ妊娠初期の検査をしてもらいに行く日です。

 

 

 

 母子手帳を手にした日の朝は、お腹が痛かったのですが、それからお腹が


痛い日はありませんでした。

 

 

 今日は、生理周期78日、11W0D、総合病院へ行きました。

 


 車で20分の距離ですが、全く初めての場所なので、何度も地図を見たり、


駐車場の事を調べたりして、緊張しました。

 


 初診になるので、病院のカードを作るところから始まりました。

 

 

 そして、やっとカードが出来ると、産婦人科の場所を教えていただいて、


そちらの受付に、助産院からの紹介状を提出して前の椅子がずらっと並んだ場所で


待ちました。

 


 総合病院は普通の大学病院よりほんの少し規模が小さい位で雰囲気は


一緒でした。

 


 1時間程待つと、受付の方がこちらにいらして、名前を呼ばれました。

 

 そして、受付の方が、


 「今日は研修生が来ているので、ちょっとお話を伺ってもいいですか?」


とおっしゃるので、待ち時間がまだ長くて、その待っている間にお話できるならと


思ってお受けしました。

 


 すると、若~い、10代の初々しい研修生の方がいらっしゃいました。

 

 研修生の女の子は、質問を事前に考えてあって、メモしてあるようで、


まずは、


 「妊娠されてどうですか?」


 「ご家族の方がお喜びになったでしょう?」


という質問から開始しました。

 


 それに対して、私の答えは、いきなり、


 「前の時が流産だったので、今回は育っているのかどうか


  ちょっと今心配なんです」


というものでしたから、ちょっと困っていらっしゃいました。

 


 

 その後も色々質問されて、かなり長い時間お話していました。

 

 

 2時間程待ったところで順番が来たので、一旦研修生の方とのお話を


中断して中に入りました。

 

 

 

 先生はかなり年配の方で、


 「まず診てみましょう」


という事になりました。

 


 お話するすぐ横が電動椅子のある1畳程のスペースで、パーテーションで


天井まで区切られていました。

 


 久しぶりの超音波です。

 

 

 ぴよちゃんは育っているでしょうか。

 


 先生が内診時にお腹の上に置いた手が痛くて、


 「いたいいたい」


と叫んだら、何が痛いものかという感じで、


 「そんなに痛い訳ないでしょう?」


と、痛いと言う事を大声で制止されました。

 

 

 不妊専門の病院と違って、こちら側にはモニターがなかったので、


ぴよちゃんの姿をみる事は出来ませんでした。

 

 

 内診が終わって、お話するスペースへ戻ると、超音波写真を渡して


もらえました。

 


 ぴよちゃんは27mmに育っていて、もうすっかり人間の形をしていました。

 


 助産院で診ていただいた時よりは随分大きくなりましたが、9W5Dの大きさ


超音波写真には印刷されていました。

 


 今日が11W0Dなので、ちょっと小さめなのでしょうか。

 


 もう最初に持っていたお弁当はすっかり見えなくなっていました。

 


 お弁当がなくなると、へその緒からしっかり栄養をもらわないと育ちません。

 


 先生は、


 「今までの事を診ていないのでよく分かりません」


と前置きしてから、

 


 「何故今回流産後すぐに妊娠してしまったのですか?


  何回かあける様に言われませんでしたか?」


とおっしゃいました。

 


 「助産院へは先日初めて行きましたが、その前までは


  不妊専門の病院へ行っていて、そちらの先生からは、


  子宮の戻りがいいので、すぐでも大丈夫と言われました」


とお答えしました。

 


 でもはっきり言って、不妊専門の病院の先生を含めて、


誰もすぐ次の周期でまた自然妊娠するなんて思ってもみませんでしたので、


こうして新しい病院に来て事情を説明するのは難しいと思いました。

 


 それで、それ以上何も言わないでいました。

 


 先生は、


 「本当は今日妊娠初期の検査をしたら、助産院の方へ戻るはずでしたが、


来週もう一回診てみて、それから助産院の方へ戻りましょう」


とおっしゃいました。

 

 そして、気を取り直したように、


 「今日は妊娠初期の検査をして帰って下さい」


とおっしゃって終わになりました。
 

 

 母子手帳をもらう事にも戸惑いがありましたが、


妊娠初期の検査をする事にもかなり戸惑いを感じました。

 


 え?


 来週じゃなくて?


と思いましたが、先生が断固今日という雰囲気でおっしゃったので、


何も言わずにおっしゃる通りにしました。

 


 

 診察室を出ると、先ほどの研修生の方が待っていて下さったので、


診察の結果、少し大きくなっていたけれど、来週もう一度診ていただく事に


なった事をお話しました。

 

 

 

 

 お話しながら受付に行って、


 「今日は母子手帳に付いている一回めの無料券を使って、妊娠初期の検査を


  お願いします」


と申し出ると、


 「はい分かりました」


という事で、またまた研修生の方と一緒に検査の為の場所まで移動して、


採血をして、HIV梅毒トキソプラズマ風疹C型肝炎B型肝炎の検査と、


心電図レントゲンも撮りました。

 


 無事に検査が終って、産婦人科の受付まで戻る途中で、研修生の方が

 

びっくりするような事をおっしゃいました。

 

 「私いつも思うんです。


  こういう大きい病院に来ると、院内感染で、何か他の病気が


  移るんじゃないかって。」

 

 およそこれからこちらの道に進もうとする方の発言とは思えませんでしたが、


若いという事で、仕方なく、


 「それは私もいつもそう思います」


とお返事するに留めました。

 

 

 産婦人科の受付けで、研修生の方はお辞儀をすると去って行ってしまって、


ちょっと寂しい気持ちがしましたが、しばらくして、最初に、お話を伺わせて


くださいとおっしゃった方が、再び研修生の方を連れていらして、


 「今日はありがとうございました」


と丁寧にご挨拶をして下さいました。

 

 

 私の方こそ、退屈な待ち時間の間に、色々お話する事が出来て、久しぶりに


人と長い時間触れ合う時間が持てて新鮮で楽しかったです。

 

 

 お会計に行くと7千円でした。

 


 思わず、

 

 「今日は無料券を使っていただいたと思いますが」


と確認すると、無料券を使ってもその金額になる事が分かって大ショックでした。

 

 

 妊娠すると、妊娠は病気ではないので全く保険が効かなくなってしまいます。

 


 本当に高いです。

 


 次に総合病院で診察していただくのは、一週間後の12W0Dの予定です。

 

 

 

 

 でも、「一週間後の診察」という日を迎えることはありませんでした。

 

 


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 DSC08483_thumb.jpg

 流産後すぐに自然妊娠をして、今のところは順調で、


不妊専 門の病院を卒業して、助産院へ転院しました。

 

 
 助産院では妊娠初期の検査が出来ないので、


母子手帳をもらっておいて、総合病院へ行く事になりました。

 


 基礎体温は、9W1Dで助産院へ行った次の日、


9W2Dから37℃のラインより下をジグザグしていました。


上が37℃、下が36.8℃で、その間を行ったり来たりです。

 

 

 母子手帳は総合病院へ行く直前にもらおうと思っていたのに、


結局、助産院から総合病院へ行く日の丁度間の日にしました。

 

 

 

 特に毎日予定が詰まっている訳でもないのに、その日しか


もらいに行く日がないような感覚でした。

 


 

 生理周期72日、10W1Dを、母子手帳をもらいに行く日と


決めていました。

 


 ところが、朝からちょっとお腹が痛い感じでした。

 

 

 でも、今日行くと決めたのだから今日行こうと、


車で5分の総合庁舎まで行きました。

 


 

 保健センターに入るのは初めてだったので、中を見回してから


受付で聞いてみました。

 


 

 すると、母子手帳は別の部署で発行してもらえる事が分かりました。

 


 

 場所を教えていただいて、区役所の中へと移動しました。

 

 


 何か出だしが悪くて、ちょっと縁起が悪いわと思いました。

 

 


 教えていただいた階で案内番号を見ながらどんどん奥へと進んで


いくと、1番奥でした。

 


 「母子手帳をもらいに来ました」

 

と言うと、

 


 「お待ち下さい」

 

と、カウンターとは別に設置してあるテーブルの椅子をすすめられ


ました。

 

 

 若い助産士さんと、年配の助産士さんがそろって出ていらして、


座りました。

 

 

 引継ぎかしら?と思いながらご挨拶して、母子手帳の説明を


受けました。

 

 

 そして台帳に母子手帳を発行したという事で名前が書かれて、


出産予定日も書き込まれました。

 


 

 台帳が随分とお役所っぽくて懐かしかったです。

 

 


 母子手帳の説明が終わると、横浜市と区がそれぞれ作成している


子育て支援の冊子などがぎっしりと入った大きい封筒をいただいて、


一通り、中の冊子などについて説明がありました。

 

 

 

 そして、最後に、年配の助産士さんの方から、


 「何か変わったことはありますか?」


と聞かれたので、

 

 「今日は朝からちょっとお腹が痛いです。」


とお話しすると、

 

 

 「それは、今日はここへ来てはいけませんでしたね。」


 「今日はここまで何で来ましたか?」


と聞かれました。

 

 

 「車です」


とお答えすると、

 

 


 「今日は帰ったら横になって下さい。」


 「お腹が痛い時には安静にして下さい」


と言われました。

 


 そこで、

 

 「夫から運動不足や太陽光を浴びない事をいつも


  心配されていて、徒歩10分の薬局まで毎日お散歩


  するようにすすめられるのですがどうでしょうか」


と質問してみました。

 

 すると、助産士さんから、

 

 「日光を意識して浴びる必要はない」


という事と、

 

 「歩かない方がいい」という事を言われました。

 

 

 やっぱり妊娠初期は歩かない方がいいようです。

 

 

 これは前が流産に終わっているという事も考えて言われている


事だと思います。

 

 

 生まれて初めて、母子手帳を手にしました。


 とても不思議な気持ちです。

 

 

 と同時に、複雑な気持ちです。




 まもるくんの時には、母子手帳もらえなかったわと思うのです。

 そして、ぴよちゃんは母子手帳をもらってしまいましたが、


大丈夫なのかしら?と不安でした。

 

 

 体温が37度を下回っている事や、お腹が痛い事もありますし、


母子手帳を手にして、とまどいながら、次回、11W0Dで総合病院へ行くまでの間


過ごしました。

 


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 流産後すぐに自然妊娠をして、今のところは順調で、8W1D DSC08595_thumb.jpgに、


不妊専門の病院を卒業しました。

 

 転院先の病院を、今度は、あたたかいイメージの助産院と決めて


予約を入れていました。
 


 妹に、助産院に行くと言うと、とても興味を示して、私が行く時に


見学に行きたいと言い出しました。

 


 妹は、初産が緊急帝王切開で、それでも次の時には頸膣分娩


出来ないか、しかも、助産院で受けてくれないかと希望していて、


その事も聞いてみたいと思っていたようです。

 


 不妊専門の病院を卒業してから、助産院に行くまでの間に出血は


1度もありませんでした。

 


 D60、8W3D下腹部痛が1日だけありました。

 

 助産院は、実家から徒歩5分の所にある、閑静な住宅街の中にある


普通の一軒家です。

 



 助産院のお玄関を入って、リビングあたりが受付兼、待合室、


そういう場所になっていました。

 

 中の造りも、ごくごく普通の一軒家で、助産院用に改装した


ようには見えませんでした。

 


 まずはご挨拶をして、紹介状をお渡しました。

 

 紹介状を見ていただいてから、前の流産の事などをお話しました。

 

 2人の助産士さんとお話しましたが、お2人ともとっても温かくて、


親身になってくださいそうな感じで、普通の病院とはかなり


違いました。

 


 予約をしていましたが、まだ前の方が数名いらっしゃるという事で、


そのお部屋でしばらく待ちました。

 

 


 かなり待って、ようやく名前を呼ばれました。

 


 外からお部屋の中の様子は分かりませんでしたが、


目の前のお部屋に入ると、6畳位の広さのお部屋にベットが奥の壁、


左の壁にそって、置いてありました。

 

 ベットはシーツの上にタオルが何枚か敷いてありました。

 

 奥のベットにお腹を出して横になって下さいとの事で、


ちょっと戸惑いながらも、ベットに横になってお腹を出しました。

 

 

 今日は9月の中旬、生理周期65日、9W1Dです。

 


 お腹から診るにはまだ小さいですが、助産院には頸膣超音波は


ないのだそうです。

 


 古くて大きい超音波の機械を使っていて、その機械をベットの


脇まで押してきて診るのですが、画像もその機械の小さい液晶


みたいな画面を目を凝らして見るようになっていました。

 

 

 超音波画像は不鮮明で、目を凝らしてもよく見えませんでした。

 


 ぴよちゃんの大きさを計っていただいたら、19mmとの事で、


前回、不妊専門の病院で診ていただいた時の大きさをはっきり


記憶していなかった私は、あれ?どうだったかしら?と、


何だかあまり大きくなっていないようですがと言ってみました。

 


 助産士さんはあまり気にせず、


 「これが心拍動です、分かりますか?」


と画面を指差して教えてくださいました。

 

 でも私にはちっとも分かりませんでした。

 

 「分かりません」


とお答えすると、何度も何度も画面を近付けたり、

 

 「ほら、ここです。分かりますか?」

 

と、指をさして何とか分かってもらえないかしらと


一生懸命工夫して下さいましたが、結局最後まで分からず、


何だか、


 「分かりました。見えました」


と言わないと終わりにならないので、


 「はい、見えました」


と言ってしまいました。

 

 

 超音波写真も印刷していただきましたが、今見ても真っ白で


どこが何かよく分からない画質です。

 


 その間にも、先ほどお話したお2人の助産士さんとは別の、


もっと年配のおばあちゃん助産士さんがお部屋に入っていらして、


さかんに声を掛けて下さっていました。

 

 その方が、院長さんでしょうか。

 

 そして、流産の事について、


 「赤ちゃん、弱かったから、そのまま何とか生まれてきても


  弱くてママが大変だから、それで帰って行ったのね」


と言われました。

 

 そうなの? まもるくん?


と思いながら、その時には不思議と涙は出ないで、次々とお話して


いました。

 

 

 助産士さんとの会話は全てが癒しです。

 


 診察が終わって、普段の生活時間のお話になりました。

 

 夫の出勤時間が遅いので、朝は遅めに起きているというお話を


したら、

 

 「今まではご主人に合わせた生活、これからは、赤ちゃんに


  合わせた生活をして下さい」


と言われました。

 


 朝は7時には起きるのがいいそうです。

 


 「早速明日から早起き生活に切りかえて下さい」


と言われました。

 


 そして、

 

 「助産院では、妊娠初期と中期に、提携先の総合病院の


  方で検査をしてもらっているので、次回は、そちらに


  行って下さい」


と言われました。

 


 提携先の総合病院で2度検査を受けるという事は、事前に


調べて知っていました。

 

 「本当は10Wで初期の検査をするのですが、提携先の総合病院の


  方で、提携している曜日と担当の先生が決まっていて、


  来週は、その曜日が丁度祭日に当たるので、さらにその


  次の週に行って検査を受けてから、また来て下さい」


という事になりました。

 

 そして、

 

 「助産院では保険は効かないですが、総合病院の方でする


  初期の検査に、母子手帳が必要なので、近いうちに母子


  手帳をもらってきて、それを総合病院に持って行って、


  母子手帳に付いている無料券の1回めを使ってきて下さい」


と言われました。

 


 最後に、

 

 「燻蒸をしていきますか?」


と聞かれました。

 


 「くんじょうというのは、これから毎回、おまたのところを


  温めて、お産までの間にえいんを柔らかく、よく伸びるように


  するためにするもので、早速今日からでも、もし時間があれば


  やっていって下さい」

 

と言われました。

 

 それはいいわぁと思って、やっていく事に決めました。

 


 くんじょうは、


 まず使っていない洋式のお手洗いに移動して、


 そこでスカートを脱ぎます。

 

 そして置いてあるバスタオルをかわりに巻きます。

 

 そして、助産士さんが便器の良さげな位置に、


 煙がもうもうと出ている、お線香らしきものを置いて下さって


 そこに10分、タオルで便器をくるむように、煙がしっかり当たるように


 腰掛けてあたためるというものでした。

 

 

 煙がすごくて、においが正にお線香なのですが、


これってえいんにはいいとして、吸い込んで体に毒じゃ


ないのかしらとちょっと心配になりました。

 

 

 くんじょうの途中で、ノックがあって、助産士さんから、


妹さんはお子さんがぐずるので先に実家に戻って待っています


との事で帰られましたと教えていただきました。

 


 お会計は初診が5千円でした。

 


 お支払い時に壁を見ると、一覧表が貼ってありました。

 

 

 そして、くんじょうは五百円で、そちらの領収証は出ない


そうです。

 


 助産院はとても良い所でした。

 

 出来る事なら、こういうあったかい所でお産したいと思いました。

 

 

 

 でも、私にとっても、妹にとっても、助産院は、この時が最初で


最後となりました。

 

 


 さて、次回は2週間後、11W0Dで、総合病院での妊娠初期の検査


という事になりました。

 

 

 また新しい病院へ行くのはちょっと億劫な気がしましたが、


自分が助産院を選択したのだから仕方ありません。

 

 

 そして、総合病院に行く前に、母子手帳の準備が必要になりました。

 

 

 何だか、母子手帳をもらえる資格があるという事は嬉しかったの


ですが、

 

 「いいの? 今もらって大丈夫なの?」


という気持がとても強くて、落ち着かない気持でした。

 

 

 それで、母子手帳をもらいに行くのは、総合病院に行く直前に


しようと決めました。

 

 

 実家に戻ると、妹が質問出来たか聞いてみました。

 

 すると、やはり


 「帝王切開で出産している場合、助産院では受けられない」


との事でした。

 

 

 残念ですね。長い間待って、ようやく質問出来たようですが、


残念な結果で妹はしょんぼりとしていました。

 

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 流産後すぐの自然妊娠は、今のところ順調です。

 

 今日は、生理周期58日、8W1D、10日ぶりの診察です。

 

 

 今日大丈夫だったら、今日順調だったら、

 

不妊専門の病院を卒業して、予め決めておいた

 

助産院へ転院です。

 

 

 

 いつものように、不妊専門の病院に、


お昼より少し前の時間に予約を入れて行きました。

 

 

 最後だというのに、何故か内診だけ別の先生で残念でした。

 


 何の断わりもなかったので、声を聞いて、どなたでしょうか?

 

と思いました。

 

 

 やっぱり「残念」などという簡単な言葉では済まされないです。

 

 

 カーテンんの向こう側で、どなたか顔もお名前も知らない先生に


診ていただきました。

 


 ぴよちゃんは、18.4mmに育っていました。

 


 診察室に戻ると、先ほどは別の先生の内診だったのに、その点に


ついて先生は何もおっしゃいませんでした。

 

 


 順調なのかどうか、


順調という言葉を、今日は頂けませんでしたが、


転院先の病院をどこにするか聞かれました。

 

 

 助産院に行きたいと、あらかじめ調べておいた


助産院の名前を言うと、驚かれました。

 

 

 病院の提携先リストにもないですし。

 

 


 でも、先生はすぐに、気を取り直して、

 

 「リスクがありますよ」

 

とおっしゃっただけで、紹介状を書いていただけることになりました。

 

 

 卒業です。

 

 

 助産院には、10日後の、11W1Dに行く事に決めて、予約のお電話を入れました。

 


 次は助産院です。

 


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 流産後すぐの自然妊娠で生理周期51日、7W1Dになりました。

 

 


 基礎体温表


 D51 久しぶりに体温が37℃を下回りました。

     診察日です。

 

 

 

 

 今日は10日ぶりの診察です。

 

 

 


 前回は、赤ちゃんの袋が見えましたが、今回は、初めて、ぴよちゃんが



見えました。

 

 


 ぴよちゃんは、8.7mmになっていました。

 

 


 そして心拍動も確認できました。

 


 

 先生から生まれて初めて

 

 

 

 「順調です

 

 

 

という言葉を頂きました。

 

 

 

 

 

 「前回の事(流産)があるので、もう一回診てから卒業になります」

 


 

 「今度はどこの病院にするか、次回までに考えて来て下さい」

 

 

と、前回もいただきましたが、提携先の一覧表をいただきました。

 


 

 

 少しずつ提携先の病院の数が増えているのでしょうか。

 

 

 

 ざっと見比べた感じでは増えていないようでした。

 

 

 

 

 今回は、「順調です」とおっしゃっていただけましたが、



それで嬉しい気持やあたたかい気持が湧き上がって来る事は



ありませんでした。

 

 

 

 

 不安な気持ち、信じられない気持ち、またぬか喜びして



悲しい思いをしたくない恐怖心で一杯でした。

 

 

 


 もう2度と、初めて妊娠したと分かった時のような



気持ちになる事はないと思います。

 

 


 

 初めての妊娠で、無事に出産までたどり着けて



元気な赤ちゃんが抱けて、かわいくて仕方がない方が



うらやましいと思いました。

 

 

 

 何て幸せな事かしらと思いました。

 

 


 

 そんな事今まで当たり前だと思っていましたが、全然、当たり前の事では



なかったんですね。

 

 

 

 基礎体温表

 

 D52 少し出血がありました。


 D54 体温が37℃を越えました。


 D55 熱が出ました。

 

 D54~D61まで体温は37℃越えをキープしていました。
 

 

 



 今度は産院をどこにしたらいいか考えました。

 



 前回個人病院で冷たく受け入れていただけなかったので、


何となくあたたかそうなイメージの助産院に心引かれて


ネットで色々調べました。

 

 

 そして自宅から通える範囲で1番評判の良かった、


そして、


たまたま実家から徒歩5分の助産院に行ってみる事に決めました。

 



 明日は不妊専門の病院最後の診察日です。

 


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 流産した後に、またすぐ自然妊娠してしまって、大変にとまどっていました。

 

 

 前回不妊専門の病院で赤ちゃんの袋を確認しましたが、今日は


次の診察日です。

 

 

 

 生理周期42日、5W6Dです。

 

 

 D42 だるい・気持ち悪い つわりの症状が始まりました


 D37~D51まで体温はずっと37℃以上をキープしていました。

 

 

 

 つわりは、初めての妊娠の時には全くありませんでした。


 
 全然気持ち悪くありませんでした。


 

 

 

 内診していただくと、赤ちゃんの袋はまた大きくなっていました。

 

 18.8mmになっていました。

 

 


 先生から、

 

 「予定日は4/19です。」

 

と、赤ちゃんが生まれて来る予定の日を教えていただきました。

 


 

 

 順調に育って、そして無事に生む事が出来れば、来年の4月頃には


元気な赤ちゃんをだっこ出来ます。

 

 


 1度流産した後では、それがすごく難しい事のように感じました。

 

 

 

 先生は、予定日が4/19とおっしゃった後しばらくすると、

 

 

 「今度は大丈夫でしょう」

 

 

と付け加えました。

 

 

 

 え? 先生、大丈夫だなんて、そんな事今の時点で

 

言っちゃっていいんですか?

 


と心の中で叫びながら、複雑な気持でだまっていました。

 

 

 


 家に帰ると、今度は、名付けを待って、胎児名を付ける程度に


とどめておこうと決めました。

 


 

 そして、少し考えて、胎児名を、「ぴよちゃん」と付けました。

 

 


 小鳥の雛のイメージですね。

 

 


 次の診察日は、生理周期51日、7W1Dで、10日後の診察です。

 

 


 D45 夕方から出血があって、下腹部痛がありました。

      21時に茶オリがありました。

 

 D46 熱が出ました。そして、少量の出血がありました。

 

 D49 少量の茶オリがありました。

 

 

 

 

 

 

 つわりは、お腹の赤ちゃんが元気な証です。

 

 そして、お腹の痛みや出血は、流産の兆候です。



 

 少しお腹が痛かったり、出血したら、とにかく家事などは何もしないで


すぐにお布団に横になって安静に過ごして下さい。

 

 

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 流産の悲しみでおかしくなっていた時でしたが、また妊娠している


と分かりました。    

 


 基礎体温が、生理周期34日(高温期17日)で再び37℃を越えました。

 

 今度ばかりは、


 「リセット予定日の一週間後に検査」


などという悠長な事を言っていないで、すぐに薬局に行って


妊娠検査薬を買って来ました。

 


 妊娠検査薬を試してみると、もうすぐに陽性反応が出ました。

 

 やはり妊娠していました。

 


 それで、


 不妊専門の病院の先生にメールを書いて、


 「また妊娠しました」


とご報告して、そして、早速、明日、月曜日に行きますと


連絡しました。

 


 翌日、いつものように、お昼前位に不妊専門の病院へ行きました。

 

 順番が来て、先生と対面すると、


 「まずは診てみましょう」


という事になりました。

 

 診察の結果、6.5mm赤ちゃんの袋が出来ていました。

 


 今日が4W6Dです。

 

 週数は、前の生理の開始日から数えるので、生理予定日を過ぎて


妊娠していると分かった時には、もう4Wを過ぎているんですね。

 


 先生からは、


 「家でゴロゴロと、安静に過してください」


との事で、左肩に黄体ホルモンの補充の為に、HCGの注射を打って


いただいて家に帰りました。

 

 

 嬉しいというよりは、また流産するんじゃないかという不安で


一杯でした。

 

 

 D37 下腹部痛と、朝起きると腰痛がありました。


 D38 下腹部痛とごく少量の出血、そして、朝背中が痛んでいました。


 D39 朝腰痛がありました。


 D41 茶オリがありました。

 

 

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 流産した後、リセットするより前(7月中旬)に、夫が言い出しました。



 「こまえクリニックで漢方薬を処方してもらって飲む」

 

と。

 

 

 私は驚いてしまいました。

 

 

 夫は、こまえクリニックには私の為に行った。

 


 私の為のカウンセリングだったと言っていたのです。

 

 

 漢方を処方してもらう約束を取り付けた事も、

 


ただ私の自己満足の世界だと思っていました。

 

 

 私はまだ流産のすぐ後で、魂の抜け殻状態でしたから、


自分から何かをしてみようという元気はどこからも出て来ていません


でした。


 

 この時夫が言い出さなかったら、そこから抜け出して


夫に漢方薬を処方してもらいに行こうと言い出せたのは、


きっとものすごく先の事だったと思います。

 

 

 早速、週末にこまえクリニックに行ってみました。

 

 

 もう予約はいらないので、すぐ行けていいです。

 

 

 こまえクリニックの放生先生には、前もって、


 

 妊娠した事、


 

 そして


 

 流産した事を、


 

その時、その時にメールで報告してありました。

 

 

 

 先生と対面して、


 まずは、流産の事、


 そして、


 東邦大学大森病院で受けた染色体検査の結果をお話してから、

 


 「漢方薬を処方して下さい」

 

と改めてお願いしました。

 


 そして、

 

 「八味丸料エキス細粒」という、老人のかすみ目や、腰痛、


しびれに効く漢方薬と、


 「メチコバール」という、血液の流れを良くするビタミンB12を


補うお薬を、


最初なので、2週間分処方していただきました。

 

 

 なくなったらまた処方していただいて、一ヵ月後に精子検査


してみましょうという事に決まりました。


 

 

 夫は、生まれた時から鼻が詰まった状態、蓄膿症です。


 そして、三半規管が弱くて、バランス感覚が悪いのですが、


それが、このお薬を飲み始めて、蓄膿症の症状、鼻づまりがおさまって、


とっても体調が良さそうでした。

 


 「身体に合っている」という感じでした。

 

 


 漢方薬を2週間分飲み終えて、また処方していただきに、


こまえクリニックに行きました。

 

 

 今度も2週間分、同じ漢方薬を処方していただいて、精子検査の予約の仕方を


教えていただきました。

 

 

 精子検査の予約をする場合には、3日前までにメールで予約をして、


精子検査の当日は朝8:50にこまえクリニックにとの事でした。

 

 

 精子検査は、月・水はお休みで、お盆より少し早いタイミングで


こまえクリニックの夏休みが1週間あるので、そこを避けて下さい


との事でした。

 

 

 3日前までの予約でOKという事なので、夫の夏休みがはっきりしてから


メールで予約を入れるという事になりました。

 

 

 

 ところで、


 2回めにこまえクリニックに行ったこの日は、生理周期13日でした。

 


 基礎体温がぐっと下がった次の日で、排卵日は昨日だったかしら?


というタイミングの日でした。

 


 流産したすぐ後なので、そういう事には関係なく、週末だったので


仲良くしました。

 


 そして、3日後にも仲良くしました。

 


 仲良くした日には、必ず、基礎体温表に○印を書き込みます。

 

 

 まさかこれで妊娠するとは誰も思っていませんが、一応、


習慣として、そして、記録として、何より、せっかく記録するなら


きちんとした記録を残したいという気持ちで、書き込んでいました。




 基礎体温表には、いつもと違った事も書き込んであります。

 


 生理周期24日にお腹が張りました。

 


 生理周期25日には、クーラーで足がむくみました。

 


 生理周期27日には、少し出血がありました。

 


 夫が漢方薬を飲み始めて一ヵ月後の精子検査の日は


お盆の真っ只中、8/14になりました。

 

 

 精子検査当日の私の生理周期は31日でした。

 


 私は生理が比較的正確で、30日か31でリセットします。

 

 
 そろそろリセットの頃です。

 


 でも、あら?と思って、基礎体温表をよく見てみると、


高温期の体温が、36.7度のラインから1度も下がった日がなくて、


37度を越えていた日が3日もありました。

 


 生理周期20日、D21、そして、D30の3日です。

 

 

 精子検査当日という事で、8:50着を目ざして、車でこまえ


クリニックへ急ぎました。

 

 しかし、こういう日に限って何かあるものです。

 

 途中で横転した車が道を塞いでいて、通行止めになっていました。

 

 完全に動けなくなってしまってあせりました。

 

 本当は、精子検査の当日は車で行っては行けない事になっていました。

 

 万が一遅れると他の方にご迷惑が掛かるからというので。

 

 それでも、バスと電車を3本も乗り継いで行こうとは全く


考えていませんでした。

 

 絶対に遅れないようにと、かなり早めに家を出ていたので、


返って、


 「ひょっとしたら間に合うかもしれない」


と思う事で、余計にハラハラしました。

 

 


 結局30分程止められて、微妙に間に合わない時間になって


しまったので、少し早めに、車が横転した現場を横目で見ながら


こまえクリニックにお電話をしました。

 

 

 完全にひっくりかえった車が、せまくて脇に寄りようもなく


ころがっていたのですが、一応出来る限り細い道の脇によけられて


いました。

 


 電話で事情を説明すると、後はひたすら飛ばしました。


 

 

そして近くまで来ると、今度は駅に近づいて渋滞につかまったので、


すぐ左にあるファミレスの駐車場に車をとめさせてもらって、


そこから夫だけ裏道を走りました。

 

 

 私は後からゆっくり行きましたが、ファミレス側は一方通行の


道への出口しかなくて、病院の方へは車で抜けられませんでした。

 


 徒歩だと、ぐるっと回り込まなくていいので、かなりのショート


カットになる事がこの時分かりました。

 

 


 いつもこういう大事な日に、何かが重なります。

 

 

 古いですが、マーフィーの法則ですね。

 

 

 

 精子検査が無事に終わって、結果をいつ聞いたのか私は全く


覚えてないのですが、数時間後だったのでしょうか。

 

 

 車をとめさせていただいたファミレスでお礼にお茶をして、


その後以前調べておいた川崎市の大きい公園へ行ったのでしょうか。

 

 

 私はまだまだ流産のショックから立ち直っていなかったので、


この頃の記憶が欠落しています。

 

 

 自分で何かをするという事はなくて、ただ付いていくだけでした。

 


 出不精ですが、ぼんやりと付いて出る事にはそんなに抵抗が


なくて、外の風に当たると気分転換になったと思います。

 

 

 そんなぼんやりした時期でしたが、精子検査の結果は手帳に


書き留めてありました。

 

 

 記録魔で良かったです。

 


 
 こまえクリニックで、漢方薬を処方していただいて、


1ヶ月間飲んでから調べてみた

 

 精子検査の結果は、


 PH 7.5


 量 3.0 ml


 数 3,400万/ml


 運動率 46%


 奇形率 10%


 でした。

 


 精子の数が、120万位から一気に3,400万になっていて、もうビックリ


しました。

 

 

 こまえクリニックの放生先生も大喜びで、精子検査の結果が


書いてある紙のコピーを取ると、


 「これを不妊専門の病院の先生に持って行って下さい」


とハイテンションでした。

 


 精子が作られる期間というのは、1ヵ月よりもっと長いですが、


1ヵ月間漢方薬を飲んだだけで、こんなにはっきりと結果が出るなんて


すごいと思いました。

 

 

 この時、この数字が、いい結果が、ずっと続くとか、これから


もっと多くなるのではないかという風に漠然と期待感を思っていました。

 

 

 


 でも、その後しばらく精子検査をする機会がなかったので、実際には


どうだったのか分かりません。

 


 8ヶ月後にもう一度精子検査をしてみた時には、精子は元の数、


160万/ml程度に戻っていました。

 


 後にも先にも、精子検査で少し良い結果が出たのは、この時一回きり


でした。

 

 

 夫は、この時、もっと別の事を考えていました。

 

 この時の、良い結果が出た時の精子を、検査するだけで終わらせないで


保存できたら良かったのに、検査だけで終らせてしまうのは


もったいないと思ったようです。

 

 

 そして、夫は、それからしばらくの間は、


 「少しでも良い状態の精子を凍結保存したい」


という思いで過ごしていたそうです。

 

 

 精子検査の翌日、生理周期32日に、下腹部痛と、腰の痛みがありました。

 

 何となく、

 

 「妊娠しているかもしれない」と思いました。

 


 1度妊娠しているので、妊娠している感じ、ちょっと変な感じが


分かりました。 

 


 丁度その日は、義姉が遠くからわざわざ家に遊びに来る日でした。

 


 迷いましたが、送り迎えや、近所を案内するのは夫にまかせて、


私は、歩かないようにしました。

 


 何とも複雑な気持でした。

 


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 流産後、お腹の痛みと出血は、少しずつ、少しずつ少なくなっていって、


4日後にはかなりおさまりました。

 

 

 その後、少ない出血が15日程続いて、それもようやく終わりました。

 

 

 リセット(次の生理開始)したのは、流産後32日目の事でした。

 

 


 その間、


流産後4日と、


13日に


不妊専門の病院で経過を見ていただきました。

 

 

 その、流産後13日の時に、


まもるくんの病理検査の結果が出ていました。

 


 結果は異常なしでした。

 

 胞状奇胎ではなかったとの事です。

 


 そして、


 私の方からは、今後の治療について何も言い出さなかったので、

 

 先生からお話がありました。

 

 先生がおっしゃった事は、

 


・今回の自然妊娠が奇跡なのか、全く普通に、タイミングなどで


 病院に通わない方が、ストレスにならなくて良いのかは、


 ちょっと分かりません。

 

 1度妊娠したので、また妊娠します。

 

 

・前回、流産後4日の診察で、子宮の戻り方(もう小さくなっていた)を


 見ると、次の周期からやってもいいし、お休みしてもいいです。

 

 1回(1周期)位あけてもいいと思います。

 

 

・今度病院に来る時は、生理周期12日に電話予約して来て下さい。

 


でした。

 

 「病院に通わない方がストレスにならなくて良いのか


というところで、


 え?


と思ったので質問してみました。

 


 すると、


 「病院に来る前は基礎体温が綺麗だったのに、


  病院に来て検査を始めたとたん、


  基礎体温がガッタガタになった」


のだそうです。

 


 確かにそうでした。

 


 急に高熱が出てみたり、自然妊娠をする前の4周期の間に


2度も高熱出していました。

 


 そして、体温はいつもジグザグ上下していました。

 

 

 それから、最後まで、今回の流産について、何流産だったのか


という事を、先生はおっしゃらなかったので、聞いてみました。

 

 


 「全部出てこなくて、一部だけ出てきたので、


  不全流産です」


との事でした。

 


 不全流産ですか。

 

 そう言えば、私の不妊専門の病院の先生は、そういう名前を


全然おっしゃいません。

 

 

 夫の精子の事も、乏精子症とか、精子無力症とか、そういう言葉を


聞かなかったので、本を見て、数がこれだから、それになるのかしらと


私が勝手に思っていただけです。

 

 


 でも、もちろん夫にもそういう言葉を確認したりは出来ないので


黙っていました。

 

 

 
 夫は夫で、乏精子症になるのかとか、精子無力症なのかとか


思っていたのかもしれません。

 

 


 今後の不妊治療の事は、今はまだ全然考えられないので、


先生がおっしゃった事を、忘れないように、待合室に戻ってから、


お会計の待ち時間に、手帳を出してがぁ~っとメモして帰りました。

 


 そして、夜遅く、0時を回ってから帰宅した夫にも、内容を


伝えました。

 

            


 

 ふと気付きました。

 

 「まもる」という名前は、


最初からお空に帰って見守ってくれる事が決まっていたかの


ようなお名前です。

 


 不思議ですね。

 


 本当にそうだと聞きます。

 


 流産する子は、最初から分かっていた。

 


 流産する事が決まっていて、それが分かっていて


お腹に来てくれた。

 


 だから悲しまなくていいのだと。

 

 

 そういう説は、ほんの少しだけ、つらい気持ちをなぐさめてくれます。

 

 

 

 

 ところで、


 夫の染色体検査をして、結果を聞きに行くはずだった日に私が


流産して行けなくなっていた東邦大学大森病院ですが、


夫は、


 「結果だけだし、メールで教えてもらえないか」


と思って、木場公園クリニックのHPから先生のメールアドレスを


調べて、そちらにメールを出しました。

 

 

 お返事がすぐにはなかったので、夫はふたたび東邦大学大森病院に


電話を掛けました。

 

 


 先日キャンセルしたので、検査結果を聞きに行きたいと

 

予約を入れてみると、ほんの数日後に予約が取れました。

 

 

 結果を聞くだけなら早く予約が取れるのでしょうか。

 


 それとも事情を考慮して下さったのでしょうか。

 

 

 そして、予約の日が来て、夫は一人で東邦大学大森病院に行きました。

 


 木場公園クリニックの先生は、


 「来ちゃったの?」


とおっしゃったそうです。

 


 丁度、木場公園クリニックに来たメールを印刷して、


印刷した紙を持って、東邦大学大森病院の方へ来たところで、


これからメールでお返事書くところだったのにとの事でした。

 


 夫は、


 「失礼だったかな?」


と心配していたのですが、行かなくてもよかったようです。

 


 そして、先生は、


 「流産の事残念でした」


とおっしゃると、染色体の検査の結果を教えて下さいました。

 

 

 染色体検査の結果は異常なし


でした。

 


 良かったです。

 


 ほっとしました。

 


 異常がないと分かってよかったです。

 


 夫には、東邦大学大森病院の帰りに、1人でも、あのおいしかった


カツのお店に寄って、食べてきてもらうようにしました。

 


 それから、ペットショップのインコの雛と、子ウサギも見てきて、


様子を教えてもらえるようにお願いしました。

 


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 6/12、深夜0時にはもうかなりお腹が痛かったのですが、そのまま横に


なって寝よう寝ようとしていました。

 

 


 そしてふと目を覚ますと朝でした。

 

 「あ、私こんなにお腹が痛いのに寝られたんだわ」


と驚きました。

 

 

 でも、何かすごくやばい感じです。

 

 下半身が全体的に生あたたかく湿っているんです。

 


 そして血の臭いがしました。

 

 

 少しだけ起き上がって恐る恐る羽根布団を持ち上げてみると、、、


ものすごい大出血で、お布団が血の海になってました。

 

 


 それを見て、さすがに私も、


 「もうまもるくんは助からない」


と分かりました。

 

 


 隣で半分目が覚めかけている夫に、


 「すごい出血なの、もう駄目だ~」


と言った後、夫が何と言ったか、どうしていたかは記憶に


ありません。

 

 

 

 お手洗いに行くと、昨日先生から言われていたように、何かが


出てきました。

 

 

 

 何か細長くて、筋子みたいな大きさと筋で、真っ赤なものです。

 

 


 何も考えずに容器と割り箸を持って来てお箸でひろって、間近で


よく観察してから容器に入れて蓋をして、外から見えないように


茶色い紙の袋に入れました。

 

 


 そして、下だけ着替えました。

 

 

 下着とパジャマの下を、まずは手洗いしました。

 

 

 それからお布団もそのままには出来ないので、シーツと


掛け布団カバーを外して、おおまかに手洗いしました。

 

 

 お布団ももちろん血だらけでした。

 

 

 ムアツ布団の汚れをどうやって取るか考えました。

 

 

 そして、お掃除用にしている使い古した歯ブラシと、お洗濯用の


固形石鹸、青ざらしを洗面所から持って来て、石鹸を付けては、


歯ブラシでゴシゴシ擦りました。

 

 


 普段でも面倒であまりやらない事を黙々とやって、全部綺麗に


汚れを落としました。

 

 


 すぐだったので血液の汚れなのに完全に綺麗になりました。

 

 


 次に羽毛布団ですが、これが、買うときに色がちょっとと思っていた、


何ていうんでしょう、血液が固まった時のちょっと茶色っぽいあずき色


だったので、汚れが全く目立ちませんでした。

 

 


 かなりしみこんでいるはずですが、ざぁっと簡単に拭いただけで


終わりにしました。

 

 


 まさか、こんな時に、あの時仕方ないと選んだお布団が


助けになるとは思ってもみませんでした。

 

 


 さっきまでの血の海が全部綺麗になると、お腹の痛みと


悲しみだけが残りました。

 

 


 両目からはたえず涙が流れ続けていました。

 

 


 水道をきちんと閉めなかったみたいに、流れていましたが、


特にぬぐう事もしないで、したたり落ちるままにしていました。

 

 


 不妊専門の病院が開く時間が近くなったので、夫に運転して


もらって、茶色い紙袋に入れた容器を持って出発しました。

 

 

 途中で、携帯から、受付にもう誰かいる時間を見計らって不妊専門の


病院に電話を掛けて、状況を説明して、今病院へ向かっているので


よろしくお願いしますと予約を入れました。

 

 

 

 病院の受付で、診察券と、容器の入った茶色い紙袋を、何も


言わないで差し出して、待合室のソファーに、お腹の痛みで前に


二つに折れて座って呼ばれるのを待ちました。

 

 

 

 受付が始まっていて、診察時間がもうすぐ始まるという時間帯


でしたので、待合室には10人位の人が待っていました。

 

 

 

 少しすると、一人の看護婦さんが私の方を見て、


 「あの方を先に診察してさしあげましょう」


と奥の看護婦さんにおっしゃいました。

 

 

 

 いつもちょっと怖いわと思っていた看護婦さんだったので、


今までごめんなさいと思いながら、感謝のまなざしを送りました。

 

 

 

 1番に診察していただける事になりました。

 

 


 私達より前に来ていて、さっきから隣に座っている方がとても


急いでいる様子だったので、申し訳なかったです。

 

 


 相変わらず私の両目からは、とめどなく涙が流れ落ちていて


受付をしたり、夫とちょっと話したりは出来るのですが、涙が


流れてあごから落ちている状態がデフォルトになっていました。

 

 


 それで、アゴからしたたり落ちないように、ハンドタオルを


あごに当てるようにしました。

 

 

 


 名前を呼ばれました。

 

 

 1人で診察室の前に移動して待つと、少しして中から呼ばれました。


 

 

 ハンドタオルをアゴに当てた私が、まだ涙を流したまま入ったので、


先生方はちょっと驚いていらっしゃいました。


 

 

 

 まず先生から、


 「容器の中を調べましたが、1部しか入っていませんでした」


と言われました。

 

 


 私は言葉が見つかりませんでしたので、何もお返事できないで


そのまま黙って座っていました。

 

 

 

 少ししてやっと口を開いて、


 「昨日の夜までに、どんどんお腹が痛くなって、出血もひどくなって、


今朝起きたら、ものすごい大出血でした」


とお話しました。

 

 

 


 先生は、だから入院した方がいいって言ったじゃないという表情で


聞いて下さってから、

 

 「診てみましょう」


という事になりました。

 

 

 

 私が廊下に外に出ようとしていると、先生はまた、

 

 「容器の中には入っていませんでした」


とおっしゃいました。

 

 

 

 私はもう、そんな事言われても分からない。分かりたくないという


気持ちで一杯で、ただ黙って泣いていました。

 

 

 


 内診室に入って、診ていただく時には、何と表現したらいいのか


とても複雑な気持でした。

 


 

 まもるくんの心拍動はもう止まっていて、子宮の入口というか、


子宮の出口の所まで来ていました。


 

 

 先生は


 「ひっかけて取り出していいですか?」


とおっしゃいました。

 

 

 


 そう聞かれたところで、以前ネット読んだ流産体験記を思い出し


ました。

 


 

 

 お腹が痛いので早く何とかして欲しい、この痛みを取り去って欲しい。


 

この痛みがおさまるなら、早く掻き出して楽にして欲しいと思って


しまった自分が悲しいというような体験記でした。

 

 


 私はすぐに、


 「はい」


とお返事しましたが、先生はもう一度、


 「いいですか?取り出しますよ」


と確認してから、まもるくんを引っ張りました。

 


 

 まもるくんが出て行く時には、ぎゅうっと目を閉じていました。

 


 

 その時、

 

 「わぁっ!」

 

という、先生や看護婦さん方の声と共に、

 

 「ゴンっ」

 

という音がして、まもるくんが床に落ちました。

 

 

 

 先生が、

 

 「大きい方の入れ物を持って来て」


とおっしゃって、

 

 「ホルマリンの入っている方ですか?」

 

と看護婦さんが聞いて、

 

 「入っていない方です」

 

というやり取りがありました。

 

 

 

 ぎゅっと目を閉じたまま、

 


 ホルマリン?

 

 ホルマリン漬け?

 

 嫌~~!!!と思いながら、それと同時に、

 

 「床に落ちたまもるくんが、目を開けたら見えるかしら?」

 

 「見ない方がいいのかしら?」

 

と、心の中で葛藤していました。

 

 

 

 大きい方の容器が運ばれて来るまで結構時間があったので、


ぎゅっと目をつぶったまま考えていましたが、結局は、


落ちたまもるくんを想像しただけで、目を開けて見る事は


しませんでした。

 

 

 

 見なかった事で逆に妄想が膨らみはしました。

 

 

 

 まもるくんが落ちてきて、取り落としそうになって、もんどり


打っている様子。

 

 

 

 先生や看護婦さんの白衣に血が飛び散った様子。

 

 

 スローモーションで落ちていく血の塊。

 

 

 まもるくん。

 

 


 最後にゴンっと大きな音を立てて床に落下して、少し弾むまでの


イメージが、私の頭の中に映像として残りました。

 

 

 

 気がつくと、カーテンの向こうが静かになっていました。

 

 

 

 そこで、ぎゅ~っと閉じていた目を、ゆっくりと開けました。

 

 


 椅子が電動で動いて元の位置までゆっくりと戻った頃、


1人の看護婦さんが顔が見えるように短いカーテンの真下にしゃがんで


やさしく声を掛けて下さいました。

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 

 血を拭き取るために、ウェットティッシュを差し出して、

 

 「ナプキンを持っていますか?」

 

と。

 


 その時には、全然大丈夫とはほど遠い気持ちで、心が完全に


閉じていました。

 

 

 「はい」


とお返事をすると、すぐに顔を背けました。

 


 

 内診室を出ると、診察室の前の狭いスペースには、ぎっしりと人が


待っていました。

 

 


 そしていつもだったらキッズスペースの方にいるのであまり見かけ


ない、2人め不妊で、お子さんをだっこしている方が、その時に


限ってたまたまお2人立って待っていらっしゃいました。

 

 

 

 目の前のソファーの1番端の方が一人呼ばれて立ったので、出てすぐ


そこへ座りました。

 


 

 泣いているのでソファーの端の席で良かったと思っていると、


2人の子供たちが、これ以上ないという位楽しそうな笑い声を上げ


始めました。

 


 「きゃはははは、きゃはははは、きゃ~」


 

と、ずうっと笑っているのです。

 

 

 

 その声がもうつらくて絶えられなくなって、出来れば頭をかかえて、


耳を両手でふさいで首を左右に振りながら泣き叫びたかったですが、


そうする訳にもいかないので、隣の人のかげで、声を殺して号泣しま


した。

 

 

 

 結構声が洩れてしまっていましたが、子供達があまりにも大声で


笑っていたので、お母さん達には私の泣き声は聞こえなかったと思います。

 

 

 隣の方はさぞ驚かれた事でしょう。

 

 

 

 泣いている途中でふと、


 「これは、そこにいる子供達の声ではなくて、空耳なんじゃないか」


とも思いました。

 


 

 よく流産した後、その子が


 「大丈夫だよ。悲しまないでね」


と笑いながらお空に帰って行くというような話もネットで見かけて


いたので、そんな風にも思いました。

 

 

 でも、首を伸ばしてその子供たちの方を見て確認してみようと


までは思えませんでした。

 


 

 診察室で先生と再び対面すると、もう一度、


 「入れ物の中には、1部しか入っていませんでした。」


と、おっしゃいました。

 


 

 それから、


 

 「昨日は言いませんでしたが、昨日診察した時にはすでに


出口の方に降りてきていて、心拍動も弱まっていました。」

 


 

 「今日はすぐ見える所まで出て来ていたので、ひっかけて


取り出しました。」

 

 

 「手術は必要ありません」

 

 

 「次は4日後に来て下さい」


というお話があって終わました。

 


 

 

 待合室で待っている夫の所へ戻りました。

 

 夫に一通り伝えると、


 「痛みは?」


と聞かれました。

 

 

 

 「もう取り出したので痛みは楽になった」


と言うと、夫は少し安心していました。

 

 

 

 そこで時計を見ると、診察開始の時間から20分が過ぎていました。

 

 

 

 待合室には私の為に止められてしまった方達が沢山待っていました。

 


 

 車で家に戻ると、夫は、今日が東邦大学大森病院に、染色体検査の


結果を聞きに行くはずだったので、病院にお電話をして、事情をお話して


キャンセルしました。

 


 

 そして、


 「これ返してくるね」


と言うと、2人分目一杯12冊借りていた妊娠の本をごっそり全部持って、


図書館に返却してから会社に行きました。

 

 

 

 私は夫が出勤すると、まず妊婦さんが集まるサイトに登録していたのを


退会しました。

 


 

 そのサイトで、20日間という短い時間でしたが、毎日幸せな日記を


書いていたのです。

 


 退会した時点で、日記も全部消えてなくなってしまいました。

 

 

 ログも残していなかったのです。

 


 

 それから、ネットで流産体験記を探しては読みふけって、一緒に


涙しました。

 

 

 

 週末になると、図書館に行って、今度は、流産体験の本を借りて


来て読みました。

 

 


 そんな風に、流産後はどっぷりと流産にひたって、涙に暮れて


いました。

 

 

 

 小学生の頃、母からいつもご近所の、何度か流産をされた方の


お話を聞かされて育ちました。

 

 

 大人になってからも、母はよく流産されるお友達のお話をして


いました。

 

 

 


 私が母から繰り返し繰り返し聞いて、流産に対して持っていた


イメージは、流という言葉から水で、小さい赤ちゃんが、死んで


しまって、お手洗いに行った時に、さらさらさらっと流れ出て


来てしまう、そんな透明なイメージでした。

 


 

 そこには少しも血の赤や、痛みが伴っていませんでした。

 

 

 でも、実際の流産というのは、私が子供の頃から持っていた


透明なイメージとはかけ離れていました。

 


 

 血の色、赤一色で、しかも赤ちゃんだけでなく、胎盤、赤ちゃんの


大きさの何倍もあるものが全部出てくる、透明とはほど遠い、


激しい痛みを伴うもので、そのあまりの違いに私は驚いてしまい


ました。

 

 

 

 

 

 

 私のかわいい赤ちゃんが死んでしまった。


 お腹に赤ちゃんが出来たと知ったその時から、


 120%の愛情を感じていました。


 死んでしまうなんて夢にも思わなかったです。


 まさか、私のかわいいまもるくんが死んでしまうなんて。


 ありえません。


 まもるくんを失った悲しみが癒える事はありません。


 涙が出なくなる日が来る事はないでしょう。


 私の赤ちゃん。


 初めての赤ちゃん。

 

 

 

 

 

 まもるくんの命日は6/12です。


 病院に行く前の日を命日と決めました。

 

 


 
 2年後の6/12に不思議なことが起こりました。

 


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 朝から生理の時位の出血で、お腹が痛いです。

 

 

 産院が開く時間を待って、朝1番に初めて、本当は明日行く予定に


していた産院へお電話をして、状況をお話ししました。

 

 


 受付の方は、


 「すぐに来て下さい」


とおっしゃったので、夫に車を出してもらって出発しました。

 

 

 産院までは、車で20分です。

 

 

 受付で、不妊専門の病院の紹介状や保険証を提出して、


問診表に記入していると、名前を呼ばれました。

 

 


 顔を上げてみると、受付の前に立った看護婦さんが手招きで


呼んでいました。

 

 

 何かしらと思って、夫を残して、ほぼ書きかけた問診表を持って


そちらの方に行きました。

 

 

 看護婦さんは私の手から問診表を取ると、一通り目を通して、


 「出血があってお腹が痛いんですね」


と確認して、ため息をつきながら、宙に向かってつぶやきました。

 

 

 「どうしよっかな~~~」

 

 

 

 え!? どうしよっかな~!?

 

 

 耳を疑いました。

 

 

 何なんでしょうか、この態度は。

 

 

 

 看護婦さんはそうつぶやいた後に、仕方がないという態度で、


 「少しお待ち下さい」


と、診察室の前の椅子を指差しました。

 

 

 

 新しい産院は結構混んでいて、狭い待合室はもうぎっしりでした。

 

 


 私達のように、夫婦そろって来ている方も何組かいらっしゃいました。

 

 


 診察室の前の椅子で5分待つと、中から呼ばれました。

 

 

 初めてお会いする先生にご挨拶をして座りました。

 

 

 先生は、まず、出血している事と、お腹が痛い事を確認してから、


 「今日はベッドが空いていないので、不妊専門の病院にこれから


行って診てもらって、それからまた来て下さいと」


おっしゃいました。

 

 

 え?ベットが空いていないってどういう事?


と思いながら、


 

 

 「先生、お願いです。」


 「ちょっと診てもらえませんか」


と聞いてみました。

 

 

 先生は、困った顔で、


 「先週も不妊専門の病院から紹介されて来た人がいたんですよ。」


 「同じように。」


 「その人はね、流産しちゃった。」


 「だから、とにかく、不妊専門の病院の先生に診てもらって下さい。」


 「診てもらって、それでまた来て下さい」


とおっしゃいます。

 

 

 

 お腹が痛いですし、あまり動くと良くなさそうだからここで


診てもらいと思って来たのに...。

 


 

 先ほどの看護婦さんの態度と、先生のお言葉、そしてベットが


空いていないという、入院が必要なの?という事実が頭の中を


ぐるぐるしながら、仕方なく診察室を出て、夫の待っている待合室へ


戻りました。

 


 

 

 随分早く戻って来た私に、夫は、何か異変を感じて、私の言葉を


待ちました。

 

 

 「診てもらえなかった。」


 「不妊専門の病院に行って診てもらって下さいだって」


と告げると、


 「え? 何で? ちょっと診てくれたっていいじゃない」


と怒っていました。

 


 

 夫は、あまり怒る事がないのですが、この時には、激怒していて、


怒りがどんどん増幅されていくのが傍目から見ていてもよく分かり


ました。

 

 

 

 私はもうあきらめて、受付で保険証を返してもらって、


紹介状をどうするか聞かれたので、


 「いりません」


と言って、病院から出てきました。

 


 

 

 駐車場までのゆるい坂道を歩いていると、後ろから受付の方が


走っていらしたので、夫が病院の方へ少し戻ってみると、出来上がった


ばかりの診察券が、ラミネート加工されたものを渡されたのでした。

 


 

 

 車のところで私に追いついて来た夫に、真新しい診察券をらって、


手にとってみると、


 「もうこの産院に来る事は2度とない」


と分かりました。

 

 

 

 それで、夫に、


 「さっき、受付で、持って行った紹介状をどうするか聞かれて


引き取らなかったけど、やっぱり返してもらって来てくれる?」


とお願いしました。

 

 

 

 夫はまた病院の方へ走って行って、紹介状をもらってきて


くれました。

 

 

 

 紹介状は、入っていた封筒に戻して上をセロテープでしっかりと


止めた状態で戻ってきました。

 

 

 

 後で中を見てみると、紹介状には、


 顕微授精後の自然妊娠という事、


そして、


 日付と週数と大きさが、書き間違えてホワイトで中途半端に


消された上に書き直してありました。

 

 

 

そして、


 血液検査の結果を、まとめてA4一枚にしてコピーを取ったものが


後ろに付いていました。

 


 

 これだけ?


とちょっと驚いたのと、書き損じが何だかやけに悲しく感じられました。

 


 

 

 駐車場から、携帯電話で不妊専門の病院に電話をかけて事情を


説明すると、受付の方から直接先生に代わっていただいたようで、


突然先生の声がしたので驚きました。

 


 

 

 先生は、


 「とにかく受けてもらえなかったのなら、もう仕方がないので、


これから病院の方へ来てください。」


 「産院にはいつ行ったんですか?」


と聞かれました。
 

  

 

 今日初めてとは思っていらっしゃらなかったようですが、私の方も


質問の意味が分からずに、


 「さっきです」


と答えていました。

 

 

 

 

 お電話が終わって不妊専門の病院の方へ出発する事になりましたが、


夫は私が携帯電話で電話している間中、怒りでぐつぐつと燃え滾って


いました。

 

 

 

 こういう事は本当に珍しいです。

 

 

 

 家を挟んで反対側にある産院から不妊専門の病院へは、車で40分ほど


かかりました。

 

 

 

 不妊専門の病院に着いて、受付を済ませて待ちましたが、1時間待っても


呼ばれませんでした。


 

 

 夫が、

 「お腹痛いって言ったの?出血してるって言ったの?」


と聞くので、


 「さっきお電話しました」


とは言ったけどと言うと、あと少しまって呼ばれなかったら言ってくると、


5分後には受付で、早く診てもらえるように頼んできてくれました。

 

 

 

 それで、診察室の前で待っている5人位の方の次ぐらいに入れて


いただいたようで、10分程で呼ばれました。

 

 

 

 夫には待合室で待っていてもらって、1人で診察室の前に移動しました。

 

 

 

 まずは先生と対面して、すぐに


 「じゃあ診てみましょう。」


 「はい」


とすぐ廊下に出て、今度は内診室の前で待ちました。


 

 

 内診室の順番が来て、やっとやっと診てもらえる事になりました。

 

 

 

 まもるくんは大丈夫でしょうか。

 

 

 

 見えました。

 

 

 

 まもるくんは3倍位の大きさ11.2mmに育っていました。

 

 

 

 そして心拍動もありました。

 


 

 

 診察室に戻ると、先生は、

 

 「これから緑病院(産院)に行って入院して下さい。」


 「そこならどんな場合にも受け入れてもらえます」


とおっしゃいました。

 

 

 

 先生は、私がさき程行った産院の方にもお電話で確認したようで、

 

 「ベットが一杯だったんですね」


とおっしゃいました。


 

 

 

 私は入院はしたくないと思って、一応、


 「入院はしたくないのですが」


と言ってみました。

 

 

 

 先生は、


 「それなら家で安静にして下さい。でも出てきちゃいますよ」


とおっしゃいました。

 

 

 

 え? 出てくるって何が? まもるくんが?

 

 何だか頭が真っ白になりながら、

 

 先生が3日後は学会で病院にはいないという事、


 それでもいいかという事、


そして、


 容器を渡すから、何か出てきたら、それをなるべく綺麗にひろって、


容器の中に入れて持って来て下さいとおっしゃっている事


を、ぼぉっと聞いていました。

 


 

 

 もう駄目という事なんでしょうか。

 


 

 

 頭が考える事を拒否していました。

 

 

 

 そして、入院流産の処置の為に必要なんだという事が


あまり分からないでいました。

 


 

 

 待合室に戻って、夫に、


 まもるくんが少し大きくなって、心拍があった事、


そして、


 緑病院に入院して下さいと言われたけど、入院しない事にして、


家で安静にする事にした事、

 

 出て来た時の為に容器をもらった事


を報告しました。

 


 

 

 夫は入院しなくていいのか心配しましたが、私が入院はしたくないと


思っている事と、先生がそれでもいいとおっしゃったのならと


納得してくれました。

 


 

 

 薬局で、子宮の収縮を抑える薬をもらってから、家に帰りました。

 

 

 

 もうお昼が近い時間でした。

 

 

 

 夫は午後から会社に行きました。

 

 

 

 

 それからずっとお布団に横になって過しました。

 

 

 


 お昼から真夜中にかけて、出血の量も、お腹の痛みもどんどん


どんどんひどくなっていきました。

 


 

 

 明日は夫が東邦大学大森病院に行く日です。

 

 染色体検査の結果を聞きに行く事になっていました。

 

 



 

 

  お腹が痛くて、出血している時には、病院に行く為に立って歩いたり


しないで、家で、お布団に横になって安静にしていた方がむしろいいそうです。


 

 子宮の収縮を抑えるお薬で、流産を止める事が出来るとは先生も考えて


いらっしゃらないそうです。


 

 後から先生にお聞きしました。

 

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 不妊専門の病院で、前回は無事に赤ちゃんの袋が出来ているのを


確認しました。

 


 今日は丁度7週に入った日で、不妊専門の病院で2度めの診察予定です。

 

 

 先週は袋だけだったまもるくんも、今日あたり姿をあらわすでしょうか。

 


 とてもわくわくとした気持ちでした。

 

 

 今まで、特につわりの症状がなかったのですが、


今朝から急に、「だるい」とか「眠い」といった、妊娠初期の


症状も出てきました。

 


 ただ、「気持ち悪い」という事は全然ありませんでした。

 

 

 いつものように、午前中の、お昼より少し前の時間に、


不妊専門の病院へ行きました。

 


 診察の結果は、


 袋の体積が前回の4倍位あって、14.3mmになっていました。

 

 

 そして、赤ちゃんの袋の中に小さく、まもるくんの姿が見えました。


4.1mmになっていました。

 


 心拍動(心臓が動いている様子が、超音波画像でウルトラマンの


タイマーのように、1mm程の小さい点ですがピコピコ点滅している様子)も


確認出来ました

 

 

 心拍動まで確認出来たので、不妊専門の病院は今日で卒業となりました。

 


 不妊専門の病院と、提携をしている産院の一覧表を、ちょっと前に


メールに添付していただいていたので、今日はあらかじめどこにするか


決めてきていました。

 

 

 自宅から、不妊専門の病院とは丁度逆方向になりますが、車で同じ


位の距離、20分程のところにある個人の産院にしました。

 

 

 先生は、


 「大きな病院よりかえっていいかもしれませんね」


とおっしゃいました。

 


 紹介状を書いていただいて卒業です。

 


 先生は、


 「出来るだけ早めにそちらの病院の方へ行って下さい」


とおっしゃって、紹介状を渡してくださいました。

 

 

 この時、1度も


 「順調です」


と言われなかった事に、気付きませんでした。

 

 

 そして、まもるくんの大きさが、ちょっと小さめだという事にも


私は全く気付いてはいませんでした。

 

 

 それで、早めに次の病院に行ってみると、余分に5千円かかる事ですし、


産院に行ってみるのは、9日後、8W3Dにしようと決めました。

 

 

 不妊専門の病院から実家が近いので、帰りに実家に寄って、母や


妹や姪っ子と車でお出かけしました。

 

 

 その時車の中で姪っ子に、赤ちゃんの事を報告しました。

 


 「今赤ちゃんは4mmなのよ~」


と言いながら、両手の親指と人差し指の、指先だけを合わせて、


4mm程度のひし形を作って見せると、姪っ子も真似をして、


 「まだこーんなに小さいの?」


と驚いていました。

 


 「早く出てくればいいのにね」


と待ちきれないようで、でもとても喜んで、輝くような笑顔で


祝福してくれました。

 


 それから1週間は普通に生活をしていました。

 

 眠くて眠くて仕方がないのと、体がとてもだるい感じでした。

 

 時々お腹が痛い事はよくありました


 
 それから、外出先で急に意識が遠くなる事が3回位ありました。

 

 


 ほんの少し「出血」する事も多くて、


7W2Dに少し、


1日あけて7W4Dからは「毎日少し出血」していました。

 


 7W6Dには朝だけとても腰が痛い事がありました。

 


 それでも「お腹が痛い事」を特に心配しないで普通にしていました。

 


 そんな中、図書館で借りてきた妊娠の本を読んだり、母に一冊だけ


買ってもらった、たまごクラブを読んだり、ネットで色々調べていま


した。

 

 

 そうしているうちに、どうしても近くにある赤ちゃんホンポに1度


行ってみたくなりました。

 


 そして、週末まで待つと、夫に連れて行ってもらいました。

 


 突然赤ちゃん用品を色々見て歩いても、ちっともわからないのですが、


売り場を一通りぐるっと回った後、ちょっと早いですが、ベビーカー


売り場に行って、係りの方にお願いして、一通りベビーカーの種類と


使い方について説明してもらいました。

 

 

 あとは、ちょっと前に始めた習い事、フラワーアレンジメントに


行って、お花を活けたのですが、1時間がもう限界で、普段ものすごい


集中力なのに、その時には全く集中出来ずに、気分が悪いのを何とか


だましだましお花を活けて、ようやく2時間を過して、へろへろになって


帰って来た事もありました。

 

 

 そんな風に7W0Dから、次の病院に行く予定の2日前の日までを過ごして


いました。


 

 すると、8W1Dに深夜過ぎから急にお腹が痛くなって、夕方には


今までより少し多い出血」がありました。

 


 少し多めの出血で、さすがにソファーに横になって、今日産院


初めて行ってみるか、不妊専門の病院に戻るか迷いました。

 

 

 調べてみると、産院の方は、今日は丁度午後が休診だと分かりました。

 

 

 それで、明日を待って、朝一番に、産院の方へ、初めて行ってみる


事に決めました。

 


 「不妊専門の病院は、もう卒業したのだから」という気持ちも


ありました。

 


 方針が決まると、ソファーから寝室に移動をして、本格的に


お布団を敷いて横になりました。

 


 不安はありましたが、妊娠の本を沢山持って来て、


 「出血した時には」


というページをとっかえひっかえ読みました。

 

 

 どの本を読んでも


 「多少出血しても大丈夫


という言葉と、


 「出血があって不安だったけど無事に出産した方の体験談」


ばかりでした。

 


 それで、私も


 「大丈夫なのかな?


と思っていました。

 

 

 

 こうして後から振り返ってみると、妊娠初期には結構歩いて


いた事が分かります。


 
 お腹が痛くて、出血もあったわけですから、お出かけや、習い事などは


お休みして、自宅でずっと横になって過ごすべきところでした。

 

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 生理周期40日(高温期21日)の朝、基礎体温は37.05度でした。

 


 初めて37度を超えたのはのは4日前でしたが、その後3日間は、


36.9度に下がっていたのでした。

 


 

 37度を超えて、久しぶりに上がったという感じがしました。

 

 

 今日は不妊専門の病院で、妊娠しているか確認する日です。

 

 先生にメールしたので安心して、病院に予約のお電話をするのを


忘れていました。

 


 

 舞い上がりすぎていました。

 

 

 予約していない事に気付いたのは、不妊専門の病院の受付に診察券と


基礎体温表をセットで出した時の事でした。

 


 

 今更もう仕方がないので、順番が来るまで待つしかありません。

 

 

 

 待ち時間が長そうだったので、その間に妹にメールを打ちました。


 

 

 「前に1本もらった妊娠検査薬を、期限が切れて1年も経って


いたんだけれど使ってみたら陽性反応が出たよ。」


 「どうも自然妊娠したみたい」


と。

 

 

 

 妹はもうびっくりしてしまって、


 「そんな古いのをまだ持っていたんだ。」


 「期限が切れたら捨ててねって言ったのに。」


 「もうおかしくなっているかもしれないからちゃんと調べてもらってね」


と、大急ぎで返信がありました。

 

 

 

 もう少し詳しく状況を説明すれば良かったのですが、普段は全く


不妊治療の話しをしていなくて、もちろん、こまえクリニックに行った


事や、東邦大学大森病院に行った事も、伝えていませんでした。

 

 妹には悪い事をしてしまいました。

 


 

 妹は、


 「期待させてしまって違ったらどうしよう?」


 「期限切れが近い妊娠検査薬なんか渡さなければ良かった」


と随分心配したみたいです。

 

 

 

 

 先に検査かしら?と思って待っていました。


 

 

 検査なら早めに呼ばれそうです。


 

 結局検査は無しでした。

 

 

 

 順番が来て呼ばれると、


 いつもの様に、まずは先生と対面しました。


 

 

 そして、


 

 

 「すぐに診てみましょう」


という事で、廊下に出て、今度は内診室の順番を少し待ちました。

 


 

 さすがに緊張して来ます。


 

 

 内診室が空いて、名前を呼ばれました。

 

 

 

 私の不妊専門の病院では、着替えをするスペースがあって、


椅子の前に長いカーテンがひかれています。

 

 

 

 準備をしてカーテンを開けて椅子に座ると、さらに椅子の


向こう側に上から半分だけカーテンが降りています。

 

 

 

 そして、そのカーテンの向こうで看護婦さんが椅子のスイッチを


操作してを動かして下さいます。

 


 

 

 内診室の方で準備が整うと、別の患者さんとお話している先生が、


お話を中断して隣のお部屋にいらして、内診して下さいますます。

 


 

 

 内診室は、隣にももう1部屋あって、短時間に沢山の患者さんを


診られるように工夫されています。

 


 

 

 そして、間違いが無いように、先生がいらっしゃると、看護婦さんが


名前をフルネームで、はっきりとお伝えして確認しています。

 

 

 

 さて、いよいよ内診です。


 

 

 超音波の映像は、白黒の砂嵐のようですが、黒い穴のような部分


見えました。

 

 

 

 それが赤ちゃんの袋(胎嚢)でした。


 

 

 大きさが8.1mmになっていました。

 

 

 

 今日が生理開始日から数えて5週と4日(5W4D)です。

 

 

 

 生理開始日から出産予定日を割り出すと、予定日は、1/24と


分かりました。

 

 

 

 「次は生理周期50日、丁度7週(7W0D)の日に来て下さい」


との事で、


 

 「ご懐妊された皆様へ」


 

という、A4の用紙に書かれた注意書きと、


 

 「初めての超音波画像写真」


 

をいただいて、両方とも手に持ったまま、ぼ~っと診察室の外に


 

出てしまいました。

 


 

 

 廊下に出ると、こちらを向いて順番を待って座っている方々が


目に入って、ハッとしました。

 


 

 

 「ご懐妊された皆様へ」と書いてある文字が見えないように


急いで持ち直して、その後ろに赤ちゃんの超音波写真をささっと


隠して、待合室のなるべく人が少ない場所まで移動してから


しまいました。

 

 

 

 今まで誰かが超音波写真を手にしている姿を1度も目撃した事は


なかったので、皆さんよっぽど気をつけていらっしゃるのだと


分かりました。

 

 

 

 そして、この時初めて、この待合室の中には、妊娠初期の方が


何人かいらっしゃるという事が分かりました。

 

 

 

 しばらくお会計を待っている間に、夫にメールで、


 「赤ちゃんの袋が出来ていて、8.1mmに育っていた」


という事を伝えました。

 

 

 

 お会計は、妊娠が判明するといきなり保険が効かなくなるので


5千円でした。

 

 

 

 次の予約を入れて、駐車場で車に乗り込んでから、さっきいた


だいた注意書きを出してさっと目を通して、超音波画像の写真を


しげしげとながめてから家に帰りました。

 


 

 

 家に帰ると、ネットで妊娠について調べ始めました。


 

 

 とにかく妊娠の事を何も知らないので、何から調べたらいいかも


分かりませんでした。

 

 

 

 分からないながらも、思いつくままに長時間情報収集をして


過しました。

 


 

 

 週末には図書館に行って、また本を片っ端から借りてくるとして、


それまでの間はネットで出来る限り調べなくてはとあせっていました。

 

 

 

 次の診察までの間に、お腹が痛い事が2回ありました。


 

 

 そして、ほんの少し、朝出血している事が2回ありました。


 

 

 でも、それ以外には特に何も症状はありませんでした。


 

 

 つわりもありませんでした。


 

 

 全然気持ち悪くなりませんでした。

 

 

 

 それから、ちょっと早いとは思いましたが、名付けもしました。

 

 

 

 胎児名ではなく本来生まれて来てから付ける名前です。

 

 

 

 なるべく大きな紙をと、残してあったカレンダーの裏の白い部分に


苗字と合う、字画の良い、なるべくいい運命の名前を頭をしぼって考えて


書き出していってじっくり検証しました。

 

 

 

 何の根拠もないのですが、男の子かしらと、男の子の名前ばかりを


考えました。

 

 

 

 そして、根をつめる事2日で、名前が決まりました。


 

 

 良です。


 

 

 「良」という漢字で「まもる」と読みます。


 

 

 夫にも名前が決まったと報告したら、早すぎるとあきれられました。

 

 

 

 すっかり気分は妊婦一色で、急に心がふわふわと軽くなって


幸せ一杯でした。

 

 

 

 後から夫にも聞いてみましたら、夫も


 人生が急にバラ色になったようだった


と言っていました。

 


 

 こんなに心がうきうきとはずんで幸せな気持ちになった事は


今までなかったと思います。

 

 


 

 

 その幸せがずっと続いて、初めての妊娠で元気な赤ちゃんを産めたら


どんなに幸せだったでしょうか。

 

 

 椅子に少し前かがみになって座って、長時間ネットをする事は、お腹に


負担になって良くないようです。

 

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 精子検査
の結果が出る日という事で、今日は東邦大学大森病院へ2人揃って


行く日です。



 そして、今日は、最後に、妊娠してるかどうか聞いて来るつもりで


基礎体温表を持参しました。

 


 10時の予約だったので、1時間半前に家を出ました。

 


 最寄の駅から真直ぐに商店街を終わりまで歩くと大森病院があります。


 商店街の途中、右側に小さいペットショップがあって、ちょっと中に


入ってセキセイインコの雛と、次にお迎えするはずだったうさぎを


見て行きました。

 


 インコの雛も、子うさぎもとてもかわいい子が揃っていて、


妊娠していなければそのまま連れて帰ってもいい感じでした。

 

 

 病院は普通の大学病院と似た様な雰囲気です。

 


 夫が来院の手続きをしている間にちょっと受付の前を素通りして


奥のソファーに座ろうとしたら、呼び止められました。

 


 おはようございます(今日は?)と、きちんと部外者が入っていないか


確認しているようで、すごく感心してしまいました。

 


 だいたい予約時間位に呼ばれました。

 

 やはり木場公園クリニックの先生が出ていらしたので、

 

 あ、HPのお写真と同じだわ~


と安心しました。

 

 


 前回の精子検査の結果をまず最初に言われました。


 数が230万/ml


 量が、左右で10mLでした。

 

 精子の数も量も今までに3回した精子検査よりは若干多めでしたが


いい結果ではありません。

 

 そして、


 「血液検査のFSHが高いというのは、精子を作ってください


作ってくださいと命令を出している状態で、それでも数が少ない


という事は、これからだんだんと精子の数が少なくなっていって


精子がなくなってしまうでしょう


と言われました。

 


 (これから精子がなくなってしまう?)

 

 それからちょっと診てみましょうという事になったので、私は


後ろを向きました。

 

 先生は当然一緒に見ると思ったようで、あれ?という感じでしたが、


夫は見られるのを嫌がるのでやめておきました。

 

 診察が終わると、先生は私の方を向いて、やっぱり○○の大きさが


半分位でとご説明して下さいました。

 


 結論としては、やはり顕微授精(ICSI)でないと難しいでしょう


という事になりました。

 


 ほぼ今までの結果と同じですが、1つ重大な事が分かりました。

 

 これから精子が少なくなっていって、なくなってしまうという事です。

 

 その事については、聞いたのに記憶から消えていました。

 

 手帳にも書きとめていませんでしたが、かなりしてから思い出し

 

ました。

 


 夫は覚えていないと思いますが、確認してみた事はありません。

 

 そういう悪い事は必要もないのに覚えていなくていいです。

 

 

 そこまでお話してから、ところでと、妊娠の事を切り出しました。

 

 「先生、実は私、妊娠しているみたいなんです。」


 「見て下さい」


と、基礎体温表を差し出しました。

 

 先生は、


 「え? 僕の事知っててそれ持って来たんでしょ?」


と、驚いていらっしゃいました。

 

 知らなきゃ男性不妊のところに基礎体温表など持ってくる人は


いないのでしょう。

 

 先生は私の基礎体温表を一目見ると、

 

 「これは妊娠しているね~。」

 

 「妊娠検査薬は?使ってみた?」

 

と聞かれたので、

 

 「昨日、期限が切れてから一年も経った妊娠検査薬が家にあった


ので、使ってみたら陽性反応が出ました」

 

と言うと、期限切れの事にはふれずに、

 

 「じゃあ妊娠してるね。あ~、今診てみたい位だよ~」

 

と残念そうに、しばし赤ちゃんに思いを馳せて宙を見つめていました。

 

 そして、ふと我に返って、

 

 「何したの???」

 

と私達に視線を降ろしました。

 

 え?

 

 何したって聞かれても、病院の先生に言えるような事はあまり


ないので、私が口ごもっていると、夫が、

 

 「色々と~」

 

と言いながら言葉を探して、1番言い易いところで、

 

 「高麗人参の粉末を飲んだり、良さそうな事はやってみました」

 

とお答えすると、先生は、私の方を向いて、

 

 「頑張ったら出来たんだね!」

 

とあっさり断言されました。

 


 頑張ったから出来た。病院の先生がそんな事おっしゃるなんて!と、


とても驚きました。

 

 でも、そういう風に明るく肯定していただけて嬉しかったです。
 

 

 妊娠の方は、不妊専門の病院の方に行って診察していただくという


事になりました。

 

 妊娠したのだから、これで男性不妊検査の方は終わりに


なるのかと思った頃、先生が、夫に向かって、


 「染色体の検査はどうする?」


とお聞きになりました。

 

 夫は、笑いながら私の方を振り返って、「もういいよね~」という


雰囲気で私に同意を求めようとしていて、私も、うなづこうと


していました。

 


 その途中で、先生の方から、


 「今後の為にも、染色体検査をしておいた方がいいでしょう?」


と、まるで私達の希望が元々そうだったかのような聞き方で


すすめてくださいました。

 

 そこで夫が急遽考え直して、


 「先生がそうおっしゃるなら」


と、今度は、「やっておこうか」という表情で、私の方を振り返った


ので、「そう?そうする?」と、半同意ぐらいの表情で同意して


おきました。

 


 正直、染色体の検査は、もうどちらでも良くなっていました。

 

 染色体の検査も、血液検査だけなので、採血をしてまた1ヵ月後に


予約を入れてから、少しお会計を待ちました。

 

 染色体の検査は、必要な時(精子検査の結果が悪いはど)なら


保険が効くようです。

 

 7千円でした。


 カードでお支払い出来ました。


 東邦大学大森病院は、大学病院なのに、待ち時間がわずかで、


予約時間通りに診てもらえますし、


 お会計もあまり待たないので、「待ち時間のストレス」という


不妊治療においてかなりのストレスとなるストレスがあまり無い


病院で、とても良かったです。

 


 少し早いですが、帰りにお昼を食べて帰る事にして、商店街を


見ながら駅の方へ戻る途中で豚カツのお店がありました。

 

 入ってみるとまだ早いので一番乗りでした。

 

 店内は、内装が木で、全体的にこげ茶の落ち着いた雰囲気でした。


 私は大好物のカツ丼、夫がカツ定食を頼みました。


 待っている間に女性一人の方も入ってきたので、ここっておいしい


お店なのね、ラッキー!と楽しみに待ちました。

 

 カツ丼が来て、まずはガブリとお肉に噛み付いてみると、さっく


さくで異常においしいカツで、目の玉を飛び出させながら夢中で


食べました。


 私のカツ丼暦で一番おいしいカツ丼でした。


 ラードであげているんでしょうか。


 衣は生パン粉かもしれませんね。


 いつかまた食べに行きたいです。

 


 夫は午後から会社ですが、少し時間に余裕があったので、横浜まで


戻って、デパートの屋上などによくあるペットショップめぐりをして、


セキセイインコの雛と子うさぎを見ました。

 

 そして駅で別れて夫は会社、私は家に帰りました。

 

 


 私は帰ると早速不妊治療専門の先生にメールを書いて、


 今生理周期39日で高温期が続いている事、


 昨日期限が一年も過ぎた妊娠検査薬を使ってみたら陽性反応が出た事、


 そして、


 今日東邦大学大森病院に行った時に、木場公園クリニックの先生に


基礎体温表を見ていただいたら、これは妊娠していますねと言われた事


をお知らせしました。

 


 先生からは、やはり検査薬の期限についてはふれずに、


 それなら妊娠しているのでしょうとの事で、


 これは奇跡的な妊娠という事と、


 なるべく早く病院の方へ来て下さい


というお返事が返って来ました。

 

 なるべく早くという事だったので、明日行ってみる事に決めました。


 ようやくやっぱり妊娠しているんだわ~という喜びの気持が膨らんで


きました。

 

 でも、考えてみると、今まで急遽、不妊の事を猛勉強してきましたが、


妊娠については何も知らないのです。

 

 さぁ、大変! これからは妊娠について勉強しなくちゃ!


と気が急いてきました。

 

 

 

 

 

 この時、妊娠したら生まれてくると信じていました。

 

 沢山読んだ不妊関係の本の中には、もちろん流産の事も書かれて


いました。

 


 それでも、流産が私の身に起こる事としてはとらえていません


でした。

 

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 顕微授精(ICSI)胚盤胞移植がだめになって、21日後にリセット


(次の生理開始)しました。

 


 そして、ETが中止になって1ヵ月後には、次の次の周期になっていました。

 

 セカンドオピニオンを求めて初めてこまえクリニックに行ったのが、


生理が終った日位でした。

 


 

 そして、生理周期20日から高温期に入って、体温36.9度まで


上がりました。

 

 


 いつもだったら、36.7度の境界線を挟んでジグザグするだけなのに、


1度も境界線を下回る事なく、ついに生理周期36日(5月中旬過ぎ)に


37度に到達しました。

 

 

 普段の生理周期は28-31日です。

 


 妹から、もう使わないからと、期限が切れる直前の妊娠検査薬


1本もらったのが家にありました。


 

 

 そして、その期限もとっくに切れて1年以上経っていました。


 

 

 妊娠検査薬の説明書を読んでみました。


 

 

 すると、生理の予定日から一週間後に検査してみて下さいとあり


ました。

 

 

 

 それで、妊娠検査薬1本しかないですし、生理周期38日まで


待ってみる事にしました。

 

 

 

 今週期を振り返ってみますと、


 

 生理周期11日に、体温が36.1度まで下がった



ので、おや?と思ったものの、木曜日だったので、翌日に仲良く



しました。

 

 

 

 それから、



 体温が37度まで上がりました



が、



 また下がり、上がったり下がったりを繰り返していました。

 

 

 

 いつが排卵日だかさっぱり分からないので、一応最初に仲良くした


のが金曜日だったからと、週末に仲良くするのは無しにして、


3日空けて、次は火曜日、生理周期16日にしました。

 


 

 そして、もう高温期に入った日でしたが、週末だったので


次の土曜日、周期20日にも仲良くしました。

 


 

 高温期になってから振り返ってみても、いつが排卵日だったか


私にはよく分からなくて、生理周期17日だったかしら?と思って


いました。

 


 

 

 自分で、妊娠検査薬を試してみる日を設定していましたが、


あと2日、その2日を待つのが待ち遠しくて、時間の経つのが遅く


感じました。

 


 

 夫にも相談してみましたが、やはり、検査薬を試してみるのは


もう2日待った方がいいと言われました。

 


 

 夫が貧乏症で、私がケチなんで、その辺の感覚はよく似ています。

 


 

 元々もらったものなのに、それでもちょっと使ってみようとは


少しも思いませんでした。

 

 

 

 それでまだ家に妊娠検査薬が残っていたんですね。

 

 

 

 今まで体験談を沢山読んだ中で、予定より早く検査薬を使って


しまいましたというお話は数多くありましたが、使わないで我慢


しましたという体験談を見かけた事は1度もありません。

 

 

 

 やっと2日間が過ぎて、生理周期38日が来ました。

 

 

 

 妊娠検査薬使うのは、生まれて初めてなので、検査薬の説明書を


もう一度読んでから、お手洗いに入りました。

 

 

 

 緊張しました。

 

 

 

 妊娠検査薬におしっこをかけて、数分待つ間、検査薬を手から


離して水平に置いて、目を固く閉じて、


 どうか陽性反応が出ますように☆ミ


と胸の前で手を組んでお祈りしました。

 

 

 

 目を開けて、結果を見てみるのが怖くて、早めに見てみる事も


出来ず、そろそろかしらと思っても、なかなか目を開けられません


でした。

 

 

 

 充分時間が経ってから、そおっと目を開けてみると、検査薬


窓に線が出ているのが見えました。

 

 

 

 念のため、もう一度妊娠検査薬の説明書を確認してみて、この腺は


妊娠の陽性反応妊娠していると分かりました。

 


 

 

 嬉しい気持ちと、でもこの検査薬、使用期限を一年も過ぎている


から、結果が間違っているのではと思い始めました。

 

 

 

 いい結果が出たからと言ってぬか喜びしてはいけないわ


と、とっさに喜び過ぎないように、感情を押さえました。

 


 

 夫にメールで、


 妊娠検査薬を試したら、陽性反応が出たので、妊娠したかもしれない


と報告をしました。

 

 

 

 それから、


 

 これからどうしよう


と思いました。

 

 

 

 明日は夫と二人揃って、サードオピニオンを求めた東邦大学大森病院に


行く日です。


 

 
 少し考えて、恐らく東邦大学大森病院では、前回同様に、木場公園


クリニックの先生が診察して下さると予想して、どうするか決めました。


 

 

 予定通り、二人で、基礎体温表を持って、期限切れの検査薬を使って


みた結果を、最後にお話して、


 妊娠しているのでしょうか?


と聞いてみることに決めました。

 

 

 

 こうなってみると、男性不妊専門の先生ではなくて、不妊治療専門の


先生の方で良かったです。

 


 

 もし本当に妊娠しているとすると、もう妊娠5週になります。

 

 

 

 

 この時、「妊娠初期」には「歩かない方がいい」とは、思いもしませんでした。

 


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 セカンドオピニオンを求めて、こまえクリニックの放生先生のカウンセ


リングを受けた後に、血液検査をしました。

 


 今日は、その結果が出たとの事で、再び、こまえくりニックへ行きました。

 


 そして、これからはもう血液検査をしなくてもいいように、


不妊検査や、顕微授精(ICSI)をした不妊専門の病院の先生にメールで


お願いして、検査結果をいただいていました。

 


 不妊専門の病院の先生には、その時のメールで、こまえクリニックに


カウンセリングに行った事もお伝えしました。

 

 先生からいただいたお返事のメールには、今までにした何回分かの


血液検査の結果が全部、検査をした日と数値といように並んで


いました。

 

 その中に、顕微授精(ICSI)前にした血液検査したの結果もあって、


採血したかしらと首をかしげてしまって、今更ながらに、今まで


あまりにも血液検査の結果に無頓着過ぎた事を反省しました。

 


 これからは何かの検査をする時には、何の為の検査なのか、そして、


その結果はどうだったのかなど、きちんと自分で把握しておかなければ


と気持を引き締めました。

 


 血液検査の結果は、プリントアウトをしてから、その数値を


放生先生のお好きなフォーマットの基礎体温表のコピーに、


元々毎日付けている基礎体温を書き写した折れ線グラフと共に、


↑マークと数値と言う風に書き入れて、持参しました。

 


 月曜日に初めてのこまえクリニック、水曜日に初めての大森病院、


そして土曜日には2度めのこまえクリニックというハードスケジュール


でしたが、顕微授精(ICSI)の結果が出た後一ヶ月も空いてしまって


気がせいていたので、急にハイペースが戻って嬉しいぐらいでした。

 


 車でこまえクリニックへ行くのはまだ2度めなので、曲がり角には


よくよく注意をして行きました。

 


 病院は空いていました。

 

 少し待つと名前を呼ばれて、診察室の放生先生の前に、椅子を1つ


出していただいて2人で座りました。

 


 放生先生には、不妊専門の病院の先生に、血液検査の結果を


メールでお聞きするという事は、事前にメールで伝えてありました。


 とても当日お話しする勇気はありませんでしたが。


 

 今までにした血液検査の結果、数値を書き写した基礎体温表を


差し出して見ていただきました。

 


 放生先生は、数値の入った血液検査の結果をごお見せすると、


血液検査の結果には特に問題はありませんとの事で、もう


血液検査はしなくて良い事になりました。


 

 こまえクリニックでした前回の血液検査の結果は、その後、


放生先生ご自身が、私の持参した基礎体温表に書き入れて下さい


ました。

 


 それから、夫が東邦大学大森病院に行った時の事を聞かれました。

 


 精子検査をして、結果が3週間後に出る事と、次の予約が1ヵ月後


という事をお話すると、やはり結果が出るのが遅いと驚いていらっ


しゃいました。

 


 とにかく、その結果待ちという事になって、終わりになりました。

 


 2度めも気を張り詰めて行っていたので、夫は少し物足りなそうでした。

 

 それでも5分位はお話したと思います。

 

 これも待ち時間があまりないからそんな気がするだけです。

 

 不妊専門の病院だったら、先生と5分もお話したら、完全にラインが


ストップしてしまいます。

 

 

 次は、1ヵ月後(5月下旬)の東邦大学大森病院です。


 精子検査の結果が出ます。

 

 2人揃って行くことになっています。

 

 先月、顕微授精(ICSI)(3月上旬)が終わって、夫も私も亜鉛を


多く含む食品や、高麗人参の粉末サプリメントを一時中断していました。

 


 それを、1ヵ月半が過ぎて、亜鉛を多く含む食品は、こまえクリニックに


初めてセカンドオピニオンを求めて行った日(4月末)から再開しました。

 


 そして、私の方は、マカを、顕微授精(ICSI)後、2度めの周期の


排卵日から高温期になるまでの数日間(5月上旬)だけ飲んで、

 

 夫の方は、それまで飲んでいた、昔、私が慶応大学病院の漢方で


冷え対策にと処方していただいた高麗人参の粉末(慶応大学病院が


独自に作った物)が全部なくなってしまったので、ネイチャーリソースの


高麗人参の錠剤を、私の2度めの周期が終わりに近付いている頃(5月中旬)


飲み始めました。

 


 夫は、最後の追い込みという事で3ヶ月間忙しかったお仕事が3月末で


終わりました。

 


 不妊の検査を始めて、1番最初の治療として、顕微授精(ICSI)を試みて


いた激動の3ヶ月間は、夫が最もお仕事が忙しい時期とぴったり重なって


いたのでした。

 

 そういう事は、必ず重なるものなんですね。

 

 夫は、激務から開放されて、少しゆとりが出てきました。

 

 排卵日検査薬というものを薬局に見に行ってみたら、結構お高かった


(セットで3千円弱)ので、購入は見合わせて、今まで通り、排卵日前後の


一週間の間
に、週末にどちらか1回、そして、平日の水曜日あたりに1回


次の週末に1回と、妊娠の可能性がある時期には合計3回は仲良くするように


しました。

 

 自己流ゆるゆるタイミングです。

 

 基礎体温表だけ見ていても、いつが排卵日だったかという事は、


高温期になってしまわないと確定できません。

 

 後からしか分からない排卵日を先に推測してタイミングを合わせる


なんて難しいので、卵子の寿命は1日だとしても、精子はもう少し長く


生きていると信じて、ゆるゆるタイミングをずっと続けるつもりで


いました。

 

 
 お仕事のゆとりと、気力があれば、毎日出来ればいいですね。

 

 どんなに自然妊娠の可能性はないと言われても、充分に治療が


出来ないのであれば、自分たちに出来る限りの事はしておかないと


もったいないと思います。 

 


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 セカンドオピニオンを求めた、こまえクリニックの放生先生からは、3日前に


男性不妊(乏精子症)の夫の再検査は必要はないと言われていたのですが、


せっかく紹介状を書いていただいて、予約を入れて1ヵ月待っていたので、


予定通り、男性不妊の権威、東邦大学大森病院へ行ってみることにしました。

 

 

 夫は、会社の前に1人で、不妊専門の病院の先生に書いていただいた


紹介状を持って、男性不妊の権威、東邦大学大森病院に行きました。

 


 事前に東邦大学大森病院の事はネットで出来るだけ調べました。

 


 行く事に決めてからも1ヶ月間時間があったので、何度かHPを


見ていました。

 


 東邦大学大森病院には、木場公園クリニックの先生もいらしていました。

 


 そこで、木場クリニックのHPも見たりして、先生の顔写真が載って


いるのを何度か見るうちに、すっかり見慣れた、顔なじみの先生みたいに


なっていました。

 

 

 東邦大学大森病院は、品川から横浜方面に走っている京浜急行腺の


梅屋敷駅から徒歩10分位の所にあります。

 


 駅前から、いかにも東京の商店街という雰囲気のところをまっすぐに


抜けた先が病院でした。

 


 夫の会社の最寄り駅が同じ京浜急行腺の駅だったので、ここなら会社から


少し足を伸ばして行けると思って、2つ候補があった中から、東邦大学


大森病院を選択したのでした。

 

 

 自宅から会社までが自転車と電車で1時間なので、病院までは1時間半


位でしょうか。

 


 会社のある日に足を伸ばせば何とか通える距離です。

 


 ただ、私にとっては遠いので、一緒に付いて行く事は全く考えていま


せんでした。

 


 終わったら夫は会社ですし。

 


 何となく、不妊治療に夫が付いて来ない場合の気持が分かりました。

 


 不妊治療は2人の事ではありますが、自分には用事がないのです。

 


 私は夫が初めて東邦大学大森病院へ行ってみる日に、特に用事が


あったわけでもないのに、「交通費も掛かるし」などどいう理由も


あって、行きませんでした。

 


 夫は本当はついて来て欲しいと思っていたのでしょうか。

 


 東邦大学大森病院では、男性不妊の権威の先生ではなくて、木場公園クリニックの


先生が出ていらしたそうです。

 


 最初なので、精子検査だけして帰って来ました。

 


 1ヵ月も待って、まずはそれだけなんですね。

 


 精子検査の結果は、3週間後に出るので、次回の予約を取って、


今度は2人揃ってきて下さいとの事でした。

 


 次回の予約が、また1ヶ月先にしか空いていないので、夫は、1番早い


平日に予約を入れて病院を後にして会社に行ったそうです。

 

 

 それを聞いてまず思ったのが、木場公園クリニックの先生が出ていらした


という事は、やはり夫の持参した紹介状を見て、もう治療の方法はないと


分かってるからなのだと分かりました。

 

 

 そして、精子検査の結果ですが、3週間後とは随分先だと思いました。

 


 東邦大学大森病院は、大学病院なのだから、その日のうちに分かっても


良さそうなものなのにと思いました。

 


 まぁ、どうせ次の予約は、また1ヵ月後にしか取れないのですから、


当日に結果が出ないのであれば、数日で出たとしても違いはありません。

 


 また1ヵ月先ですか。

 

 気が遠くなりました。

 

 とても待っていられません。

 


 次の時は一緒にと言われたのを聞いてちょっと反省しました。

 

 そうなんです。

 

 やっぱり2人の事なのだから一緒に行く必要があったのです。

 

 たとえ精子検査をするだけだったとしても。
 


 実は、東邦大学大森病院に行ってみるのに、私には大きな目的が


ありました。

 

 自分の口からは決して口には出来ないですが、望んでいた事がありました。

 

 それは、染色体の検査をしてもらえないかしらという事でした。

 

 東邦大学大森病院に行けば、そういう運びにならないかとかなり期待を


していました。

 


 次は一緒に行く事になって、さぁ、そんな機会を目の前にするのかしら


と私は密かに成り行きを見守る事が出来るのが嬉しかったです。

 


 夫に聞いてみた事は1度もないのですが、もし染色体検査をすすめられたら


どんな反応をするのでしょうか。

 


 私はその時が来たら、夫の気持次第でどうするか決めてもらって、


自分の意見や気持は絶対に述べないつもりでいました。

 


 そういう意味で、次回東邦大学大森病院に行くのを楽しみにしていました。

 


 染色体の検査は、もし染色体に異常があると分かったとしても、


治療の方法がないので、普通はあまりしません。

 

 もし私だったら、治療の方法がないのに結果が悪かったらと思うと


とても怖くて耐えられないので、出来れば受けたくないと思っています。

 


 それで、夫に受けてとすすめる事は考えていませんでした。

 

 3日前に、セカンドオピニオンを求めたこまえクリニックで、


血液検査の結果が出るという事で、予約のお電話を入れて、


週末に、また2人で行ってみることにしました。

 


 お電話をしてみると、こまえクリニックは、初診の時には予約が


必要で、1ヵ月後しか取れませんでしたが、今度からはいつでも予約


無しで、土曜日や日曜日でも直接行ってみてもらえるとの事で、


驚きました。

 


 ところで、結婚してから、夫の子供の頃からの話しを色々聞いてきて、


何か男性不妊(乏精子症)の原因のような事はなかったか考えみました。

 


 すると、これはあまり体に良くなかったのでは?と思う事がいくつか


ありました。

 


・小学生の頃、お母さんが働いていたので、待っている間毎日必ず


 おやつを買い食いしていて、いつも合成着色料舌が真っ赤になっていました。


 (今、近くのスーパーでは合成着色料を使った食品は取り扱っていません。)

 

 

・中学生の頃今の実家に引っ越して井戸水を飲み始めたのですが、1度有害


 物質が検出された事がありました。


 (家がゴルフ場とゴルフ場の間にあるので、除草剤が気になります。)

 


・社会人になって東京で1人暮らしをしていた時、運動不足を解消する為に


 行きは電車、帰りは徒歩に決めて、国道1号線の横を毎日40分歩いていました。


 (ディーゼルエンジンの排気ガス精子に良くないです。)

 


・1人暮らしを10年していた間、ハムやソーセージを毎日食べていた。


 (ハムやソーセージには発色剤が使われていてとても体に悪いです。)


 1人暮らしで、外食が多いと栄養のバランスが・・・とよく問題になりますが、


自炊する場合でも、ハムやソーセージばかりを使って、焼きそばや皿うどん、


インスタントラーメン、何を作るにも化学調味料が入った粉の袋を混ぜる


だけなのであれば、外食をするよりも、逆に身体には悪いのではないかと


思います。

 


 お昼は毎日インスタントラーメンで済ますという方を見かけると気に


なって仕方がありません。

 


 インスタントのものは、たま~にというでお願いしたいと思います。

 

 

 不妊.com 「40代で高齢出産初産する為に今できる事」 記事一覧

 

 顕微授精、胚盤胞移植がだめになったので、数日後に『妊娠レッスン』の


放生先生@こまえクリニックにメールを書きました。

 

 今までの検査や治療歴、そして、質問を3つ書きました。

 

 質問したかった事は、
 


1.精子(160万/ml)はこのまま、卵は5つ程度しか取れない状態で


何度も顕微授精(ICSI)をして、妊娠の可能性はあるのでしょうか。


 この方法でいいのでしょうか。

 

2.男性不妊専門の病院で再検査をした方がいいでしょうか?


  それとも、治療の方法はなく、あきらめ他方がいいですか?

 

3.おすすめの男性不妊専門の病院を教えてください。


の3点でした。

 


 それに対して、先生からは、

 

 顕微授精をすすめる医師が多いと思います。

 

 男性不妊専門の病院で再検査はあまり意味があるとは思えません。

 

 あくまでも個人的な意見ですが、一度当クリニックのカウンセリングに


来られてはいかがでしょうか?

 

 有益なお話は必ずできると思います。

 

 不妊治療はどこの医療機関を受診するかと言うことが、重要です。

 

というお返事をいただきました。

 

 


 実にはっきりと顕微授精が必要という事、そして、夫の再検査は


必要ないという事が書いてあったのです。

 

 

 しかし放生先生にそうお返事をいただいても、まだ納得できない、


自然妊娠の可能性を捨てきれない私がいました。

 

 先生のご本、『妊娠レッスン』の自然妊娠の可能性ばかりが、


心に残っているんですね。

 


 そして、「有益なお話」というお言葉にも惹かれて、先生の口から


はっきりと自然妊娠の可能性について聞いてみたいという欲求と、


何かしら」を求めて、実際にこまえクリニックに行ってみる事に


決めました。

 


 カウンセリングの申込み方法についても、メールに明記


されていました。

 


 『妊娠レッスン』は必ず読んでから、


 申込みはお電話で、


 決まった曜日の午前中に

 

との事でした。

 


 もうご本は読んでいたので、カウンセリングの予約の為に設定された


時間とうまくタイミングがあった日にお電話してみました。

 

 ところで先生のご本ですが、私は横浜市の図書館お願いして買って


もらいました。

 


 それ以外にも最寄の図書館からは、夫婦2人で12冊まで借りられるので


不妊関連の本を、本棚の端から順に借りて、読みました。

 


 読む本がなくなると、横浜中の図書館の不妊関係の本に予約を入れて、


次の時にはどっさり受け取って読んでいました。

 

 その中で夫と私が検査時から顕微授精(ICSI)が終るまで延々と


借り直して家に置いていたのが『体外受精update改訂3版』という本で、


受精卵の写真や顕微授精の針の刺し方まで書いてある、もしかして


お医者さんの卵さんが読む本だったのでしょうか、良い本でした。

 

 残念ながらその本は、今は蔵書にないようです。

 

 そして、今では、同じ本は1回しか借り直せなくなりました。

 

 その場合には夫婦で交互に借りれば長く借りられますね。

 

 


 こまえクリニックに予約のお電話をしてみると、予約が取れたのは


1ヵ月も先でした。

 


 予約が取れたら、再度先生にメールを出す事になっていました。

 

 メールを出すと、すぐに返信があって、

 

 これまでの経過と、


 不妊治療に対する希望を


 A4の用紙にまとめて記入して、


 当日持参するように、

 

記入例と、用紙のフォーマットがあるURLを教えていただきました。

 


 実際に、こまえクリニックに行くまでの1ヶ月間、この、詳細な問診表を


書くことに力を注ぎました。

 


 まとめるのが大変なので、少しずつPCで打っては保存、読み返しては


直すという事を繰り返しているうちに、A4の紙2枚の量になってしまい


ました。

 

 

 こまえクリニックの最寄り駅は小田急線の狛江駅です。

 

 うちから電車で行くにはちょっと不便でした。

 

 それで、車で行ってみることに決めました。

 

 自宅から最寄の駅までも遠かったので、バスや電車を乗り継いでいく


ことは考えられませんでした。

 

 ナビがなかったので、地図を見て、何となく太そうな道路を事前に探し


ました。

 

 夫も私も、2人共

 

 運転が下手で、


 地図が読めない、


 方向音痴、


 道路標識が目に入らないと、

 

四拍子そろっているので、車で行ったことのない場所に行くというのは


大変な事でした。

 

 大抵どこにいるのかも分からなくなって大喧嘩になってしまうのが常


でした。

 

 最近お安くて小さいナビ、迷WANミニを買って、ようやく迷わなくなり


ました。

 

 まだナビを設置していない方には本当におすすめです~。


 ストレス解消の一環として、ナビがあるといいです。

 

 

 地図を調べていると、比較的病院寄りの方に、生田緑地公園という


川崎市の大きな公園がありました。

 


 生田緑地公園の中には、岡本太郎美術館や、民家園、プラネタリウムが


あったり、お庭には、SLがありました。

 


 そして、ネット情報によると、生田緑地公園のすぐ近くには、


向ヶ丘遊園の跡地がバラ園になっていて、薔薇の季節には良さそうなのが


分かりました。

 

 

 


 ようやくカウンセリングの日がやってきました。

 

 10時の予約のところを、1時間前に家を出ました。

 

 事前に何度も地図を確認して、曲がり角に注意していたので、比較的


順調に到着出来ました。

 


 車で40分でした。

 

 そして運良く2台分しかない駐車場も空いていました。

 

 

 緊張しながら病院のドアを開けて中に入ると、待合室は空いていました。

 


 先生は本業が内科の先生なので、いかにも地元の方が風邪をひいたので


来ましたという感じで数名いらっしゃるだけでした。

 


 ちょっと拍子抜けしましたが、本業優先で、不妊治療のカウンセリングは


1時間に1人とか午前中1人とか、そのようにしか受けていないのだという事が


その時に分かりました。

 


 いつも不妊専門の病院で、1人1分でどんどん回っているのに慣れていた


私には、しばらく忘れていた空気でした。

 


 用意して行った用紙、詳細な記録を提出して、さらに簡単な問診表に


答えながら待つと、すぐに名前を呼ばれました。

 

 待ち時間が短いのは嬉しいです。

 


 診察室に入って、初めて放生先生と対面しました。

 

 何だか不思議な感じがしました~。

 


 椅子をもう1つ持って来ていただいて、先生の前に夫と2人で座りました。

 

 


 先生の第一声は、


 「詳しく書いていただいたので、もう何も聞く事はありません。」


でした。

 

 「え???」


 あまりにも詳しく書きすぎたのでしょうか。

 

 

 カウンセリングの事を、よくTVなどで見る、心理カウンセリングと


誤解していた私は、詳しく状況を書いて行っても、それを元に、言葉で


確認するやり取りがあるものと思っていたのです。

 


 そして、先生は、


 「どうも不妊治療の病院の先生の事を悪く思っているようだけど?」


とおっしゃいました。

 

 

 え?そんな事書いてないのに。


 そして、そう言われてみると確かに、


 そんな言いかたしなくてもいいじゃない?


という風にはいつも思っていると思ったので、仕方なくうなづきました。

 

 

 すると、先生は、


 「他の病院行った事ないでしょう?」


 「ひどい先生が沢山いるんだよ。」


そんな風におっしゃいました。

 

 

 そして、放生先生は、私が通っている不妊専門の病院の先生は、


技術も素晴らしくて、とても良い先生なのだという事を教えて下さい


ました。

 


 先生にしてみれば、メールの時点で、病院の名前が分かっていたら


来るように言わなかったのにという感じでしょうか。

 

 それから、不妊専門の病院の先生には言わないで放生先生の所に


カウンセリングに来た事、それから、大森病院に予約を入れていて、


3日後に夫の検査をしてもらう予定ですとお話したら、

 

 先生は、

 

 「感心しないなー」


とおっしゃいました。

 

 セカンドオピニオンを求める時には、紹介状を書いていただいて


行くものなのでしょうか?

 

 

 驚きました~。

 

 「感心しない」などと誰かから言われたのは生まれて初めての事でした。

 


 え~?そんな~と思いながらも、今日の目的をきちんと果たすべく、


メールでも質問した、

 


 顕微授精じゃないと難しいのか、


 自然妊娠の可能性はないのか

 

という2点について質問しました。

 

 

 そして、先生からは、やはり顕微授精(ICSI)をすすめられました。

 


 そこで私はもうショックで頭が真っ白になってしまって、先生の


おっしゃっている言葉の1/3も頭に入らなくなりました。

 


 先生はものすごい早口なので、よっぽど注意していても全部は


聞き取れないです。

 

 私の耳ではという事ですが。

 


 何とか耳に届いた先生からのお言葉は、


 「良い病院なのだから、先生との関係を修復して(特に悪いとも


思いませんが)、これから治療を続けていくのがいい」


でした。

 


 しかし、次に顕微授精(ICSI)出来るとしても、次のボーナスの時で、


それまで数ヶ月も時間があるので、それまでに「出来ることをしたい」と


お話すると、

 

 今までの「血液検査の結果」を聞かれました。


 「数値」をです。

 


 私は今まで

 

 「血液検査をしましょう」


と言われて、何の為の検査かを1度も聞いた事がありませんでした。

 


 先生からも説明はありませんでした。

 

 結果についても、

 

 「問題ありませんでした」

 

と言われると、

 

 「はい」


とお返事するだけで、問題なければいい、何が問題なかったのかまで


知らなくてもいいと思っていたのです。

 

 

 そう言えば先生のご本、『妊娠レッスン』には、数値を基礎体温表に


書き入れると書いてありました。

 


 私がすぐに数値を答えられなかったので、先生は、


 「それならこれから血液検査をしていきましょう」


とおっしゃいました。

 


 それから、基礎体温表は、先生は、仁丹の基礎体温表がお嫌い


なので、『妊娠レッスン』の後ろの方に付いている基礎体温表か、


そのコピーに、これからの基礎体温を書き写すように言われました。

 

 

 今までの基礎体温表は、不妊治療の病院用、こまえクリニックには、


それを書き写したものを持参するようにとの事です。

 

 


 その他には、夫の男性不妊(乏精子症)について、漢方薬を飲んで


みたいと思っても、そういうレベルではないからと処方してもらえない


ので、大森病院の結果次第では、漢方薬を処方してもらえないかお聞き


しました。

 


 どきどきしながら先生のお返事を待つと、OKでした。

 

 良かったです。

 

 希望が叶いました

 

 

 私の血液検査の結果は、不妊治療専門の病院の先生にメールで問い


合わせれば教えてもらえるはずですし、そもそも血液検査の結果に


問題はないのですから、今日血液検査をする必要は全くないと思い


ましたが、あまりにも頭が真っ白で、先生に異を唱える事が出来ず、


とりあえず今日1回は血液を取って、次回までにメールで聞いてみようと


思いました。

 

 本当に失礼な話です。

 

 先生には申し訳なかったですが、その時の私にはそれ以上の事は


どう頑張っても出来ませんでした。

 


 採血を済ませて、お会計をして病院を後にしました。

 

 車で走りながら、私が夫に言った第一声は、


 「不妊専門の病院の先生、良い先生なんだね。」


でした。

 

 それに対して夫は、


 「知ってた。」


と答えました。

 

 

 そして、

 

 「不妊治療の説明会や、体外受精の説明会を無料でする先生は


良い先生に決まっている。」

 

 「最初からそんな事は知っていた」

 

というのです。

 


 そして、今回カウンセリングに来たのは、私の為であって、


とにかく私の気が済むようにしたいと思って付き合ってくれたとの事


でした。

 

 びっくりです。

 

 

 まだ自然妊娠の可能性を否定されたショックで頭が一杯でしたが、


少しずつ、少しずつ落ち着いてきました。

 


 私にとって、セカンドオピニオンは、想像していた事、期待していた


事とは全く違いました。

 

 でも結果的には大きな成果がありました。

 

 私にとって、『妊娠レッスン』の放生先生は、自然妊娠の権威という


存在でした。

 

 その放生先生の口から、「やはり自然妊娠はない」と、はっきりと


告げてもらう事は、どうしても必要でした。

 


 そして、これでいいのだろうか?と疑問が大きくなっていたので


「私にとって最も良い病院を選択している」と認めていただいた事は、


精神的にとても良かったと思います。

 

 

 最後に、希望すれば、夫のレベルでも、少しでも精子の状態が良く


なるように漢方薬を処方して下さると約束して下さったのが、救いでした。

 


 試してみて結果が出ないのなら仕方がないですが、試してみないで


あきらめるのはどうしても嫌でした。

 


 行動した事で、得たものは非常に大きかったです。


 

 こまえクリニックの放生先生は、『妊娠レッスン』の後に、


4冊ご本を出版されています。

 

 『妊娠力』


 『妊娠力をつける』


 『体外受精レッスン』


 『新・妊娠レッスン』

 


 つい先日、横浜市の図書館に、私がお願いしなくても、4冊の本が


入っていて、そのうちの2冊、『妊娠力』と『体外受精レッスン』が


棚に並んでいるのを見かけました。

 


 セカンドオピニオンを受ける前に、もしも『体外受精レッスン』が


書かれていたら、直接病院に行くことはなかったかもしれませんね。

 

 

 でも、その場合には、きっと別の道があった事でしょう。


 あなたも元気を出して、あなたの道を切り開いて下さいね。

 

 

 こまえクリニックに行ってみたい方は是非、準備万端、

 

血液検査の結果も基礎体温表に書き入れていらして下さい。

 

 検査や治療歴のない、初めての方にもおすすめします。

 

 

不妊.com 「40代で高齢出産初産する為に今できる事」 記事一覧

自然妊娠する方法・妊娠し易い身体づくり教材レビュー一覧

    
 顕微授精(ICSI)の結果がだめで、セカンドオピニオンやサードオピニオンを


求めてもすぐには予約が取れませんでした。

 

 

 1ヶ月もの間、ただじっと待っている事は出来なかったので、とにかく


今できる事を探して、その中で少しでも良さそうだと思った事は


かたっぱしから実践して行きました。

 

 顕微授精(ICSI)までの間にも、実は待ち時間がありました。

 

 

 不妊検査でとても悪い結果が出て、顕微授精(ICSI)をしないと妊娠は


難しいと診断されてから、実際に顕微授精(ICSI)をするまでの間は、


1ヵ月から1ヵ月半ありました。

 


 その間にも、とても待ちきれずに、不妊治療についてだけではなく、


少しでも妊娠に良さそうな事
を調べまくりました。

 

 

 幸せの青い鳥(水色のセキセイインコ)を買って来て、雛から育て


始めました。

 


 ここまで厳しい状況では、全ての、本当に全ての「幸運」を集め


なくては妊娠にたどり着けないと思いました。

 

 

 

 もし興味のある方は、どんな事をしたかご覧下さい。

 

 何か1つでもあなたの参考になったり、折れそうになった心を


なぐさめるヒントが見つかればいいわ~と思います。

 

 

・動物園へ「こうのとり」に会いに行く

 顕微授精(ICSI)の少し前に、横浜ズーラシアまで、「こうのとり」の

ご機嫌をうかがいに行きました。

 その時初めて「こうのとり」を近くで見たと思います。

 2月だったので、とても寒そうにしていました。

 「こうのとり」は上の方に立っていて、それはそれは厳しい目を、

私たちに向けました。

 何てきびしい表情なのかしら?こうのとりって目が怖いわ!と思いながら、

寝室に飾る写真を撮って、「こうのとり」に向かって手を合わせてお祈りを

しました。

 帰りにお土産屋さんで、「こうのとり」の小さいぬいぐるみを

買いました。

 「こうのとり」の写真は、寝室の北の壁にかざりました。

 ぬいぐるみはいつでも目に入る、ダイニングテーブルの上に置いて、

いつも見守ってもらいました。

 「こうのとり」さんには分かっていたんですね。

 今回の治療が厳しいという事が。


 別の時に会いに行ったら、表情がゆるんでいました。

 そして、ズーラシアのイベントで、決まった時間に、

 「こうのとり」の飼育員さんが、「こうのとり」の抜けた羽を

 見せて下さいました。

 「こうのとり」の羽に順番に触らせてもらったのですが、

とても、ご利益がありそうだと思いました。

 これはおすすめです。

 

 


幸せの青い鳥(水色のセキセイインコ)を買う

 顕微授精(ICSI)の結果が駄目になって2週間後に、38才になりました

 夫は忙しくて週末にもなかなか家にいないですし、気持を慰めてくれる

温かい生き物が必要だと思って、お迎えするインコの雛を探し回りました。

 私達の元に初めて小鳥とは言え「赤ちゃん」が来ました。

 幸せの青い鳥を買ってしまいました。

 愛情ホルモンを沢山出すと、身体にもいいようですね。

 

 

・インテリア風水

 家の中にある雑貨や小物を移動させるだけで、インテリア風水を

しました。

 不妊治療にはお金が掛かるので、風水グッズを何も買わないとのが

ポイントです。

 同じ大きさのカーテンなら、方位によって色を入れ替えられました。

 カレンダー、ポストカード、絵、小物にいたるまで置き場所を変え

ました。

 海の絵はこっち、子供の絵はここといった感じです。

 ティッシュの箱をそのまま使っていたので、緑の箱は北という風に

置くようにしました。

 これは本当にお手軽でおすすめです。

 不妊治療はお金がかかるので、特に、西に黄色い物を増やしました。

 それから、インテリア風水は、お部屋をきれいにする事が基本で、

それプラス色なので、お部屋がきれになって、全ての物が、自己流ですが、

風水的に正しい位置におさまると、どんどん「幸運」が舞い込みそうで

気持ちが明るくなりました。

 

 その他には、

○試してみた事

・かわいい女の子の絵を寝室の北の壁に飾る。

ざくろの絵を寝室の北の壁に飾る。

ももたろうの絵本を寝室の北の壁に飾る。

・みかん(オレンジ色の果実という事で)のマラカスを寝室の北の壁に飾る。

木村さん(ご存知ですか?)を寝室の北の壁に飾る。

さるぼぼのお守りを目立つところへ。

・低温期だけマカを飲む。

亜鉛サプリメントを飲む(夫)

亜鉛、セレンを多く含む食品を出来るだけ食べる。(夫)

 うなぎ、帆立貝、かき、黒胡麻、納豆、マイワシ(しらす干・煮干)、
 アーモンド、ココア、海草、玄米御飯、レバー、しいたけ、ニンニク、
 ネギ、カレイ

梅干を1日1個食べる。

・くまのプーさんの絵をはる。

・ホームページやブログのデザインはオレンジ色に。

 

 

○良さそうで出来なかったこと。

ざくろのジュースを飲む。

・グレープフルーツのジュースを飲む。

漢方薬を飲む。

豆乳を飲む。

山芋を食べる。(夫)

子宝祈願へ行って、お守りを買う。

 

 

さらに、こんな事も始めました。

・送電線の下にたたずまない。

・電子レンジを使っている時には1m離れ、使用後はコンセントを抜く。

・蛍光灯の真下に座らない。(下の家の蛍光灯に注意)

・車の排気ガスを沢山吸い込まない。

・兄弟の子供とふれあう機会を多く持つ。(愛情ホルモンが沢山分泌される

ように)

・近所の子に声を掛ける。(愛情ホルモンが沢山分泌されるように)

高麗人参の粉末を飲む。

・自分の子として生まれてくる予定の子をイメージする。

・自然妊娠の可能性が全く無いと言われても、妊娠が可能な時期には

週末1回と、週の真中、水曜日あたりに1回は仲良くする。

運動をする。

・不妊治療の事を一時的に忘れられるような趣味をいくつも持つ。

・ストレスを溜めない。

・携帯の待ち受け画面をかわいい子供の絵にする。

 

 

 


 2ヶ月の間に、随分色々試しました。

 

 妊娠したかもしれないという体験談を沢山読んで、期待感をおすそ分け

してもらうのも良かったです。

 

 子宝グッズや、幸運を呼ぶ四つ葉のクローバーを集めたり、できる事は

沢山ありますね。

 

 不妊治療は、本当に、出口の見えないトンネルの中にいるような

気持ちになると思います。

 

 少しでも、楽しい事を見つけて、全ての幸運を引き寄せて、身体を

あたためて、赤ちゃんでも食べられる安全な食材を選んで、バランスの

良いお食事をしながら、赤ちゃん待ちをして欲しいわ~と思います。


 もう天で待っているあなたの赤ちゃんが、1日も早くあなたの元に

来ますように☆

 

 

 自然妊娠する方法・妊娠し易い身体づくり教材レビュー一覧


 タン先生の妊娠成功ガイドブックレビュー おすすめ度☆☆☆☆☆

 

 不妊.com 「40代で高齢出産初産する為に今できる事」 記事一覧

 


 顕微授精(ICSI)胚盤胞移植は、受精卵の分割が思わしくないので、1日待って、


今日がまた移植予定日でした。

 

 子宮に戻す(ET)時には、膀胱に尿を沢山貯めた状態にしておく必要が


ありました。

 

 それで、もう結果は分かっていましたが、一応念の為、ペットボトルに


お茶を入れて8時半に病院へ行きました。

 

 日曜日で、病院は本来お休みの日です。

 

 駐車場で早くも、昨日お話した40代の方と、50代に見えるご主人にお会い


して、お話しながらエレベーターで受付まで上がりました。

 

 私のペットボトルを目にして、準備ですねと言われましたが、もう駄目と


分かっているんです。

 

 私もです。

 

 などと、寂しい笑みを浮かべながらの移動でした。

 

 受付を済ませて待合室で椅子に腰掛けると、もう少し詳しく、情報交換を


しました。

 


 40代の方は、最後に出来る事として有機野菜を、3ヵ月後の最後の


顕微授精(ICSI)に向けて、1ヶ月程前から食べ始めていました。

 

 お化粧もやめて、肌に良いものに替えたそうです。

 

 移植日当日は、お化粧をしてはいけない事になっていましたが、


うすーくお化粧されていました。

 

 有機野菜に切り替えて、お化粧もやめて、3ヶ月後には効果が現れて


くれる事を願って、準備万端整えて、最後の顕微授精(ICSI)に臨む


予定ですと、とても力強く、でも終始やさしい笑顔でおっしゃって


いました。

 

 

 私は、最終的に行き着くところはやはりそこなんだわと思いながら


聞いていました。

 


 そして、実は私も1年程前から有機野菜に切り替えて、その後


お化粧や洗剤もやめて石鹸生活をしているんですよと、申し訳ない


気がしながら控えめにお話すると、それは驚いていらっしゃいました。

 

 そして、その効果がまだ出ていないのですから、私達の不妊の


原因は何なのかという事について聞かれました。

 

 それで、今度は私の事をお話しました。

 

 原因は男性不妊だという事をお話すると、採卵日に目にした夫を


思い出して、年齢ご主人いくつ?とまず最初にお聞きになりました。

 


 夫は私より6才年下なのですが、童顔なのでさらに若く、服装も


自由な会社なので、時には学生に見られる事もありました。

 

 男性不妊と年齢は関係ないと思いますが、この病院は男性不妊の権威


という訳ではないので、調べて、別の病院に行って調べてもらった方が


いいとアドバイスして下さいました。

 

 そうかもしれません。

 

 とにかく、1度きりの顕微授精(ICSI)などと言っている私に、


これであきらめたりしないでと、何度もおっしゃって、30代の頃治療を


やめてしまった過去のご自分自身におっしゃっているかのように、


熱心に、


 今あきらめちゃ駄目。


 頑張って。


 ね?


 あきらめないで!


 頑張って!


 今あきらめちゃ駄目よ


と繰り返しました。

 


 そこまで言われると、もう少し頑張ってみようかという気持ちに


なります。


 

 お話しているうちに、もう1人の、30代前半の方も、お1人でいらして


横並びに座りました。

 

 昨日は結果が悪くて頭が真白になって、帰りに車で帰るのにとても


危険な感じだったそうです。

 

 今日も顔色と表情がすぐれず、それだけおっしゃると、それ以上


お話する気力がないようで、顔をそむけてだまってしまいました。

 

 それでも40代の方がにっこりとやさしく、


これであきらめちゃ駄目よ!


ね?


と何度も声を掛けました。

 


 40代の女性のように、一旦治療をあきらめても、いつかもう一度


顕微授精(ICSI)してみようと思う日が来るのだとしたら、それは


少しでも早い方がいいのでしょう。

 


 いつかするなら、今してね、後悔しないように、これで最後などと


思わないで欲しいわという気持ちが充分すぎるほど伝わって来ました。


 
 30代前半の女性の心にも遠からず届いた事でしょう。

 

 

 今日は呼ばれる順番が違いました。

 

 まず最初に30代前半の方が呼ばれました。

 

 そして次に40代の方、最後が私でした。

 


 受精卵胚盤胞になったかどうか、今日子宮に戻せるかどうか結果が


出ました。

 

 受精卵は、4つとも、双実胚の手前分割ストップしていました。


 ストップです。


 受精卵に、分割のスピードをコントロールする、何らかのもの


あるか、8分割した後に分割が止まる、何らかのものがあった可能性が


あるとの事でした。

 


 それは、私達の受精卵は、何度採卵して顕微授精(ICSI)をしても


毎回その何らかのもに分割のスピードをコントロールされるか、


8分割したら分割を止めるようにストップがかかるという事でしょうか。

 

 とても受け入れ難い、ショッキングな結果が出ました。

 

 1度に受け止めきれない事だったので、結果を、ささっと胸の奥に


仕舞い込んで、先生に色々質問をしました。


 

 現実からの逃避ですね。

 

 質問項目は沢山ありました。


 病院がお休みの日だというのに、先生は一つ一つ丁寧に私の質問に


答えてくださいました。

 


 私の質問は省いて、先生のお答えだけ書き出してみます。

 

・今回、排卵誘発剤注射(ヒュメゴン300単位)は果梨さんにピッタリ


でした。

 

 最初に卵の質を良くする注射をしていたら、数がもっと少なく


なっていました。

 

 受精卵培養もベストでした。

 

 

・もう一度顕微授精(ICSI)をする場合は、ロングにするか、ショート


するか(今回はショート)です。

 

 排卵誘発剤注射連日して採卵出来る卵の数は、今回(5個)と


同じ位です。

 

 ロング(もっと長い期間、1周期前から排卵誘発剤の注射を連日打つ


方法)にすると、少し卵の質が良くなるかもしれませんが、あまり


違いはありません。

 

 

精子は、診察して治療の方法があるなら既にやっています。


 数が、精液検査をした2回、そして今回と、100万台/mlという結果で、


1回でも良い数が出なかったので、治療の方法はありません


 1/50の数です。

 

 

食べ物運動で、卵子の数や質、精子の数や質が良くなる事は


ありません。

 

 

マカなどのサプリメントは精神的な気休めにすぎません。

 

 

精子の数が100万台の場合、自然妊娠は、17年治療をしている中で、


1件も前例がないので、期待は全く持たない方が良いです。

 

 

体外受精(IVF)は2ヶ月は空けないといけないので、次回顕微授精


(ICSI)が出来るのは5月(今は3月です。)の高温期の鼻スプレー


からです。

 

 

どんどん子宮の機能が低下していくので、半年1年間次の


顕微授精(ICSI)までの間を開けるのはもったいないです。

 

 

40代になると、妊娠率は8%位までガタっと落ちてしまいます。


 30代の今のうちに顕微授精(ICSI)をするなら、妊娠率が20%、


30%はあるので、30代のうちに顕微授精(ICSI)をした方が良いです。

 

 

 

 今後の事は夫とじっくり相談する事にしました。

 

 もう顕微授精(ICSI)をしない場合には、病院で出来る事は何もない


ので来なくていいとの事でした。

 

 もう一度だけ顕微授精(ICSI)をしてみたとして、それで妊娠するとは


もうどうしても思えませんでした。

 

 先生にも、そのようにお話して、病院を後にしました。

 

 


 深夜過ぎに帰ってきた夫に、まずは、今日先生から言われた事と、


同じタイミングで胚盤胞移植予定だった40代の女性から、男性不妊


権威の先生にも診てもらってはとすすめられた話をしました。

 


 それから1週間ほど、今後どうするかお互いに考えて、じっくり話し


合った結果、まずは、セカンドオピニオンを求めてみる事に決めました。

 


 不妊治療を始める前に読んだ、『妊娠レッスン』の著者、


こまえクリニックの芳生先生に実際にお会いして、私たちにも


自然妊娠の可能性がありますよね!という事を確認したかったのです。

 


 予約のお電話を入れると、一ヶ月後に取れました。

 

 そして、ネットで男性不妊の権威を探しました。

 

 行ける範囲に2つ病院が見つかりました。

 

 そのうちで、夫の会社に近い方という事で、東邦大学大森病院に


行ってみることに決めました。

 

 

 夫婦で相談した結果が出たので、不妊専門の病院の先生にメールを


書きました。

 


 次に顕微授精(ICSI)をしてみるとしても、次のボーナスの時に


なりますので、それまでに大森病院に行ってみたいという事で、


紹介状を書いてもらえないかお願いしました。

 


 先生からは、直接目の前でお話する時とは全く違う、ものすごく


前向きな内容のメールが返って来て驚きました。

 

 今回顕微授精(ICSI)をしてみて、「受精するという事が


分かりました


という事も書いてあって、そこで初めて、顕微授精(ICSI)を


したからといって、必ずしも受精するとは限らないという事が


よく分かりました。

 


 本で読んで、顕微授精(ICSI)をしても、半分ぐらいしか


受精しないと、知識としては知っていても、悪い場合の事は、


自分の身に起こる事としては受け止められないんですね。


 
 私達は、採卵した全ての卵子が、受精しました。


 全部受精する場合というのは、ネットで調べた中でもとても


少なかったです。

 

 

 大森病院の方にも、予約のお電話してみました。


 予約は1ヵ月先にしか取れませんでした。

 

 こまえクリニックも大森病院も、どちらも一ヶ月先でした。

 

 気が遠くなるほど先でした。


 とても待てない気持ちでした。

 

 仕方なく、待っている間に、今出来る事はないか、少しでも


気持ちを落ち着ける為にできる事はないか、さらに探し始めました。

 

 

 

顕微授精 (ICSI) の方法・妊娠率・費用・リスクへ

胚盤胞移植 (はいばんほういしょく)へ


不妊.com 「40代で高齢出産初産する為に今できる事」 記事一覧

 

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 顕微授精(ICSI)胚盤胞移植も早いもので今日がET予定日となりました。

 

 

 分割が思わしくないので、いつもなら良い方にしか期待出来ない私も、


さすがにあきらめモードです。

 

 

 今日は土曜日で、病院がお昼休みの時間、14時に呼ばれていました。

 

 

 がらがらの待合室で待っていると、同じ日に採卵された方に声を掛けて


いただいて3人で情報交換できました。

 

 

 ところで、昨日と一昨日は、黄体ホルモン補充の為の注射に行かないで、


代わりに、膣座薬を希望して処方していただいていましたが、慣れないので


大変でした。

 

 

 でも、病院に行って注射をする事を考えれば、膣座薬の方が断然楽だったと


思います。

 

 

 膣座薬にしたいと思ったのは、事前に病院からいただいた、採卵後の方へ


というA4サイズの注意書きに、明日から黄体ホルモンの補充を


(注射・内服薬・膣内ゲル)にて行いますと書いてあって、その中の注射


丸が付けられているのを見たからでした。

 

 

 注射他にも選択肢があると知って、思わず申し出てしまいました。

 

 

 病院に来た時には注射するという事で、了承していただけました。

 

 

 どの程度効果が違うのでしょう。

 


 

 

 私の順番が来て、呼ばれました。

 

 

 胚盤胞(はいばんほう)になっているかどうかの結果が出ました。

 

 

 4つの受精卵は、4つとも分割スピードが遅くて、まだ3.5日め位の双実胚と、


8分割の間位でした。

 

 

 こんなに分割が遅いものは、赤ちゃんになるものではないとの事です。

 

 

 そういう表現を耳にすると、赤ちゃんになる受精卵が、どんどんどんどん


分割を繰り返していく様子を想像します。


 

 

 分割は遅いけどもう1日だけ待ってみて、胚盤胞(はいばんほう)まで


育たなければキャンセルという事になりました。


 

 

 そして、この時点で、何度、採卵して、顕微授精(ICSI)をして、


培養しても、毎回、同じ様な数の卵しか取れなくて、培養の結果も、


今回と同じような結果になる可能性が非常に高いとのお話がありました。

 

 

 

 まるで、あなたにはもう妊娠の可能性はありませんよと言われて


いるようで大変ショックでした。

 


 

 

 最初から1度だけ顕微授精(ICSI)をしてみる予定でしたので、初めてで、最後の


顕微授精(ICSI)が、ET(子宮に戻す)出来ずに終わりそうでした。


 

 

 4つの受精卵はまだ分割を続けて頑張っているのに、今から胚盤胞(はいばん


ほう)になる事は期待出来ませんでした。

 

 

 

 

 先ほど、結果を聞く前に少しお話した、同じ日に採卵をして、今日同じように


ET予定だった方々は、40代の方と、30代前半の方でした。

 

 

 40代の女性が、卵は何個でしたか?とにっこりと笑いかけて、話しかけて


下さって、女性だけで真中に集まりました。


 

 3人集まると、急いで治療歴の自己紹介をしました。


 

●40代の方の治療歴


 40代の方は、30代の頃に不妊治療をしていましたが、当時はまだ不妊


治療が今みたいに一般的じゃなくて、近くに不妊治療をしている病院も


ありませんでした。

 

 それで、東京の病院まで通っていました。


 でも治療が痛くて、もう嫌!と拗ねてしまって、お仕事が充実していた事も


あって不妊治療を途中でやめてしまいました。

 

 当時はまだ顕微授精(ICSI)もありませんでした。

 

 40代になった時に、顕微授精(ICSI)が始まりました。

 

 そこで、やっぱり子供が欲しい!もう一度顕微授精(ICSI)で不妊治療


挑戦してみよう!という事になりました。

 

 そして何度も顕微授精(ICSI)をして、今回の顕微授精(ICSI)が7回目


でした。

 

 3ヵ月後に8回目最後と決めた顕微授精(ICSI)に挑戦する予定で、


それで駄目だったらもう治療終わりにするそうです。

 

 今回の卵の数7個取れました。

 

 

 

●30代前半の方の治療歴


 30代前半の方は、他の病院で何度か顕微授精(ICSI)をしていました。


 その中で、子宮に戻せた(ET)事もありましたが、妊娠には至りま


せんでした。

 

 でも、もうお金がないので、不妊治療をするのは、あと1回だけにしようと


思いました。

 

 最後の1回は、顕微授精(ICSI)胚盤胞移植にしたいと思いました。

 

 でも、前に行っていた病院では、胚盤胞まで培養するという事をして


いませんでした。

 

 それで、最後に、この病院に転院して、もう一度だけ顕微授精(ICSI)を


して、胚盤胞まで培養したものを子宮に戻し(ET)したい。

 

 そうしたら妊娠に至るかもしれないと希望を持っていました。

 

 ところが今回の分割が思わしくない事で、大変戸惑っていました。

 

 

 

 情報交換の途中で呼ばれて診察室の前に移動してもまだ話していました。

 

 しばらくすると、まず40代の方、次に30代前半の方、私の順番で先生に


呼ばれました。

 

 

 

 40代の方が結果を聞いて出て来たとき、指で小さくバツを作って帰っていき、


30代前半の方がそれに習ってバツの合図をして帰っていき、


最後が私でしたが、もう結果は分かっていました。

 

 

 3人とも全く同じ状況だったという事になります。

 


 

 この後、実家が近いので寄って、今回の事を話していたら、父が、


培養に問題があったのでは?と言い出して、かなり気持を乱されましたが、


その点は信じるしかありません。


 

 

 明日は病院がお休みの日曜日なので、朝8:30に胚盤胞移植(ET)の


「予定」です。

 

 


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