2009年2月アーカイブ

    
 不妊治療、一年間の医療費総額は、80万ちょ DSC07986_thumb.jpgっとでした。

 

 

 これは顕微授精(ICSI)が2度出来る金額になります。

 

 

 1度しか出来ないと思っていた顕微授精ですが、最初から


2回する事も出来たという事が、一年の最後になって分かり


ました。

 

 

 よく色々な本に、高度な不妊治療に進む利点として


回り道をしない方がと書いてありますが、こうしてまとめて


みると、なるほどと実感しました。

 

 


 でも、私の場合、性格的に、2度顕微授精をして、


後は何もしないでいるという事はとても無理でしたが。

 

 

 医療費として申告する為に集計したものには、



・不妊治療の様々な検査代


・1回の顕微授精(ICSI)代(ET中止)


・妊婦検診代


・妊娠初期の検査代


・流産の手術代


・不妊のカウンセリング代


・漢方薬代


・交通費(車の場合はバスと電車の運賃で換算しました)


・その他不妊以外の病院代(風邪等で年間数千円)


が含まれています。

 

 

 

 交通費がかなりかかりました。

 

 


 私が顕微授精をした年には、まだ横浜市では体外受精の


助成金は出ていませんでした。

 

 


 という事で、医療費だけ確定申告をして、80万マイナス10万で、


70万の一割、7万円が戻ってくると考えて待っていました。

 

 


 でも、実際には9万円戻ってきました。

 

 


 多かったので何故かは調べませんでしたが、今なら理由が


知りたいと思います。

 

 

 

 流産の手術の時の、高額医療費は、ほんの千円ちょっと


戻ってきました。

 

 

 

 1ヵ月に2万5千円を超えた分が、高額医療費として計算された


書類が郵送されて来て、その中に、手術後の経過を診た日が


含まれていなかったので、その分を訂正して提出しました。

 

 

 ただ、千円の為に、書類をじっくり見たり、書き加えて


理由を書いたりしていたら、本当に悲しくなってしまったので、


来た書類をそのままにすれば良かったと思いました。

 

 

 もし不妊治療が保険適用になると、その分も毎月戻す事に


なるので、やはりあまりありえない話だと思いました。

 



 2度流産したばかりで12月をむかえてしまって、とても


年賀状を作る気にはなれませんでした。

 

 

 喪中ハガキを出したい気持ちでした。

 

 

 お正月に夫の実家に行ったら、今は倒れて入院していて


お話できないお義父さんが、私の表情を見るなり言葉を


引っ込めて、後からお義母さんに、おめでとうしたの?と


聞かれても、ただ、いいんだと言っていたのを思い出します。

 

 

 結婚してから会っていない友達から、生まれたばかりの


赤ちゃんの写真入り年賀状が来ていて、あんまり生まれたての


感じが写真から伝わって来るので見るのがとてもつらかったです。

 

 

 見るのはつらかったですが、良かったね、無事に産めたね、


おめでとうという気持ちはもちろんあって、来年の年賀状では


その気持ちを伝えられるかしら?と思いました。

 

 

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 不育症の検査の為に採血をして、2週間が経ち DSC07975_thumb.jpgました。

 

 

 今日は、不育症検査の結果を聞きに、不妊専門の


病院へ行く日です。

 

   

 不育症検査の結果が出て、どこが悪いのか、何が悪かったのかさえ


分かれば、治療してもらえます。

 

 

 もうこれで大丈夫!と思っていました。

 

 

 まだまだ流産してからそんなに日が経っていないので、気持は全然


元気とはほど遠かったですが、これで大丈夫! そう信じて希望を


持っていました。

 

 

 

 不妊専門の病院の先生から、まず不育症検査の結果についてお話が


ありました。

 

 

 「血液凝固糖尿自己免疫、?(忘れました)全て異常無しです!」

 

 

 先生は一気におっしゃいました。

 

 

 私は、どこを治したらいいのか、早く不育症治療の方法を聞いて、


治療に入りたいという気持ちだったので、あまりの事に、思わず口を


ぽか~んと開けてしまいました。

 

 

 異常なし? 何で?

 

 

  開いた口がふさがらないとはよく言ったもので、本当に、口を


ぽか~んと開けたまま、しばらく閉じる事が出来ませんでした。

 

 

 異常がないなら、これからどうしたらいいの? 


 何もしないで、またいつか妊娠して、そして、また流産するの? 



 そんな~、



 今日はどこが悪いか聞いて、それに向けて不育症治療をして行こうと


思っていたのに。

 

 

 口をあけたまま一言も発する事が出来ないで、頭の中で、

 

 そんな~、そんなばかな~!


という思いがぐるぐるしていました。

 

 


 私はだまったままでしたが、先生のお話は続いていました。

 

 

 「染色体の検査をするなら午前中の予約です。


  ただ、異常があっても治せません。


  もっと詳しく調べるなら、東海大学か東京大学を紹介します。


  まだ試験段階のものや、もっと細かい検査など・・・」

 

 


 染色体の検査は、以前にも書きましたが、夫には受けて欲しいと


思っていたのに、勝手なもので、自分自身が受けることには、


ものすごく抵抗がありました。

 

 


 異常があると分かったとしても、治療出来ないですし、知る事が


怖かったのです。

 

 

 こうして私も染色体検査を受けてみるかどうかについて、


初めて先生の方から聞かれた瞬間にも、やはり受けたいという気持ちには


なりませんでした。

 

 

 何事も本当に経験してみないと分かりませんが、染色体の検査


受けるかどうかについては、前もって想像していた事と、


実際に必要になった時に感じた事は同じでした。

 

 


 先生には何とお返事したでしょうか。

 

 

 まだ口をぽか~んとあけて、先生から見ると、ただ座っていた


だけだったでしょうか。

 

 

 不育症の検査を、東海大学や、東京大学を紹介していただいて、


もっと進めるという事については、一応帰ってネットで少し調べました。

 

 

 

 遠くへ通う、



 しかも1人で



という事を想像してみて、



 どこからもそんな元気が出て来ない、



 まだ気力が足りない!


という事に気が付きました。

 

 

 11月の下旬だったので、これから寒い冬になるという事も影響して


いたと思います。

 

 

 何だか途方にくれてしまって、それでも診察室を出る前に、


最後に先生に1つ質問をしました。

 


 「2回続けて流産する確率はどれ位ですか?」


と。

 

 「2回続けて流産する確率は、1回流産する確立が25%とするなら、


5%あるので、ないとは言えません。」


との事でした。

 

 


 5%。

 

 


 2度続けて流産する確率は5%もあるのです。

 

 

 私達が自然妊娠する確率は1%なかったと先生もおっしゃっていましたが、


以前、図書館から借りた本で、精子の量と、数で妊娠率を計算する式が


載っていて、計算した事がありまして、夫の精子だけが問題だったとして、


0.7%位でした。

 


 それに、私の年齢や、片方の卵管が入口で詰まっている事や、大きな


子宮筋腫がある事も考えると、その数字はさらに1/6程度に下がると思います。

 

 


 0.1%程度しかないのです。

 

 

 自然妊娠する確率が0.1%で、続けて流産する確率が5%なら、続けて


流産する確率は50倍あったという事になります。

 

 


 計算に弱いので合っているか心配ですが、ありえない自然妊娠があるなら、


滅多にない続けて流産だって当然起こりうるという事なのでしょう。

 

 


 不育症の検査で異常がなかった事は、本当にショックでしたが、


続けて流産する事だってあるという事で、段々と納得して来ました。

 

 


 不育症の検査は、続けて流産した時に、


 あ~、何故1度目の時に受けなかったののかしら~


と悔やむ気持もありましたが、実際には続けて流産しただけでは


まだ不育症ではない可能性もあったので、よく本に書いてあるように、


3度続けて流産したら不育症を疑って検査を受けるというのが、


やはり良い方法なのかもしれないと後から思いました。

 

 

 ただ、不育症の検査を受けないで済ますという事は、私にはとても


出来ない事ではありました。

 

 

 2度続けて流産すると、もうそれで子供はあきらめてしまう方も


結構いらっしゃると、やはり何かの本で読みました。

 

 

 その気持は本当によく分かります。

 

 

 もう1度この悲しみを繰り返したら生きて行けない、

 

 それだけは絶対に嫌!



と誰でも思うと思います。

 

 


 不育症の検査の結果が出て9日後に、久しぶりに、こまえクリニックに


漢方薬を処方していただきに行きました。

 

 


 続けて流産後、初リセットした時の生理は軽かったのですが、


次のリセット時は、生理初日の夜、最初の妊娠、まもるくんを流産した


時の様な大出血でした。

 

 

 

 私は昔から生理がとても軽いのですが、もしかしたら、これが普通の


方の2日め程度の出血なのかもしれません。 

 

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 流産を、2度続けてしたので、不育症検査をする事に DSC05557_thumb.jpgしました。

 


 こんなに悲しい経験をもう1度する事は出来ない!

 

 同じ事を繰り返したくない!


という気持ちでした。

 


 不育症検査は、3度続けて流産するか、希望すれば、2度続けて流産したら


受ける事が出来ます。

 


 不育症検査は、まず血液検査だけなので、気軽に受ける事が出来ます。

 

 

 2度続けて流産した後、リセットの3日前には、不妊専門の病院へ、不育症


検査を受けに行きました。

 


 事前に、よく体験記で読むような、腕に注射する治療が必要なら怖いと思って


いたので、その点を不妊専門の病院の先生にメールで確認していて、先生は


その治療法には否定的な考えをもっていらっしゃる事が分かったので


安心して不妊専門の病院へ、不育症検査を受けに行きました。

 

 

 不育症検査のことは、あらかじめ調べていましたが、よく分かりませんでした。

 


 それで、先生にお任せしました。

 


 先生が、私の2度の流産の原因について、これかな?と思われる部分のみ


血液検査で調べてみる事になりました。

 

 

 不育症検査として、感染症自己免疫とあと1つを採血で検査して、染色体の


検査はしない事になりました。

 

 

 不妊専門の先生は、染色体の検査はしない方針なのでしょうか。



 私は染色体の検査は怖くて受けたくないと思っているので、すすめられ


なくて良かったと思います。

 

 

 先生から、何の検査をするかという説明が一通りあって、後は採血をする


だけです。

 

 

 不育症検査の結果、どこが悪いかが分かれば治療の方法があるので、


それさえ分かれば次の妊娠は大丈夫!と、とても嬉しい気持でした。

 

 

 流産手術の後、手術をしていただいた先生から、大きな子宮筋腫は血液の


流れを妨げるので切った方がいいと思いますと言われたのですがと、不妊専門の


病院の先生にも、もう一度その点を確認してみました。

 


 不妊専門の病院の先生は、やはり最初におっしゃったように、


 「子宮筋腫はもちろん流産の原因の1つとも考えられますが、子宮にメスが


  入るとまた別の問題が出てきます。


  それを承知の上で、切る事に、反対はしません」


と、続けて流産した後でも、お考えが変わらない事が分かりました。

 


 それで、やはり不妊専門の病院の先生のおっしゃる事を信じて、そして、


切らない方が私的にも楽なので、切らない事に決めました

 

 

 あとは採血だけでしたが、お昼で看護婦さんがいらっしゃらないようで、


1人だけ診察室の前に取り残されて待ちました。


 

 ようやく名前を呼ばれて、不育症検査の為に血液を沢山採る事になりました。

 

 

 その時になってようやく、つい先日、妊娠初期の検査で色々調べてもらった


検査と、不育症検査は、検査項目が重複している事に気付きました。

 

 


 それで、看護婦さんに、あれもしました、これもしましたとその場で申し出たら


看護婦さんが1度席を立って、先生に確認して来て下さいました。

 


 

 それで検査項目が減ったかどうかはよく分からないのですが、結構何本も


血液を採取しました。

 

 

 

 不育症検査の結果が出るのは2週間後との事で、お会計をして、2週間後の


予約を取って帰りました。

 

 

 不育症検査費用2万円でした。

 

 

 全部の検査ではなく1部という事でこの金額だったのだと思います。

 

 

 

 

 2度めの流産後も、流産関係の本と、流産の体験記を、それはそれは沢山


読みました。

 

 

 本の方では、死産の悲しい体験を読みました。

 

 

 ネットの方には、病院の対応がひどかったという話が多くて、流産の手術の日に


分娩室の横にずっと放置されたとか、そんな話ばかりで、あ~、私はいい方だった


のね~と改めて思いました。

 

 

 

 あまりにも悲しい体験ばかりを読んで涙にくれて過ごしていたので、ちょっと


気持を切り替えて、全く違う事に意識を向けようと思い立ちました。

 

 

 

 それで、結婚前で一時中断していた、家探しを本格的に開始する事にしました。

 

 


 中古のマンション、中古の一軒家、新築マンション、新築の一軒家、


どこに住むのか、条件は? 考える事はいくらでもあって、平日は家探しに


没頭して、週末に実際に見に行く物件をピックアップしては、土曜日に3軒、


日曜日に3軒と、ハードスケジュールを組みました。

 

 

 

 まだ希望もはっきり分かっていなかったので、とにかく調べては見て回りました。

 

 


 これを、2度続けて流産した後に一年間続けていました。

 


 

 夫はお仕事も忙しいし、週末もハードになったので、この一年間が本当に


つらかったそうです。

 

 

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DSC05527_thumb.jpg    
 流産手術が無事に終わって、翌朝退院しました。

 


 退院した日の夜には、お腹が痛くなるお薬の効果で、


すごくお腹が痛くなってしまって、病院に電話をして、


これでいいのか確認しました。

 


 すると、お腹が痛くなるお薬を飲んでいるのだから、痛くて当然との事で


痛いのは我慢するしかないようでした。

 

 

 そこで、私は、

 
 「もうお腹なんかどうなったってかまわないので、


  お腹が痛くなるお薬なんか絶対飲まない!」


と決めて、お薬を飲むのをやめてしまいました。

 

 

 退院して4日後の週末に、まだ体調は悪かったのですが、前に流産をした時には、


手術をしなかったので、その時は出来るだけ歩いて出した方がいいという事で


歩いたのを、今回も歩いた方がいいと勘違いをしていて、電車とバスを乗り継いで


野毛山動物園まで行きました。

 

 

 駅から動物園までは、かなり急な上り坂なのですが、子宮の内側の表面、


流産手術で削り取った部分が、どこかなのかはっきり分かる位、子宮が全体的に


熱を持って痛んでいました。

 

 

 下腹に左手をのせて、つらい~つらい~、でも歩かなくちゃ、仕方ないわ~と


思いながら歩いていました。

 

 

 流産の傷跡が燃えるようでした。

 

 

 流産手術後、退院時に病院から何の注意もなかったのですが、傷が付いて


いるのですから、傷が治るまでは無理して歩いたりしてはいけなかったようです。

 

 

 でも、いい気分転換にはなりました。

 

 


 流産手術後、10日めには、経過を見ていただくために、手術をして下さった


先生の日に合わせて総合病院へ行きました。

 

 

 それまでの間は、お腹の真ん中と、左が痛くて、出血も5日間続いていました。

 

 

 退院後6日めに下腹部痛はおさまって、代わりに激しい頭痛がありました。

 


 流産の手術後9日めには、再び下腹部の左の方が痛くなって、病院に行く日は、


下腹部痛と出血があって、頭痛はおさまっていました。

 

 


 総合病院で、先生に


 「どうですか?」と聞かれたので、


 「退院した日の夜お腹が痛くて我慢できなくなったので、それ以来、


  お腹が痛くなるお薬をやめてしまって全然飲んでいません。


  お薬は飲んでいないですが、下腹部痛は結構ひどいです。」

 

とお話ししました。

 

 

 驚かれました~。

 

 

 そして、それは大変!と、予定外の内診となりました。

 

 

 お薬は、

 

 「また今日からしっかり飲むように」

 

と言われました。

 


 当たり前の事ですが。

 


 もう痛みが少しおさまったのと、気持が少しだけ落ち着いたので、今日からは


お薬を飲もうとようやく思えました。

 

 

 それからは、「お腹が痛くなるお薬」=「子宮を収縮させて、大きくなった子宮の


大きさを早く元の大きさに戻すためのお薬」もきちんと飲んで、順調に出血も段々と


減ってきて14日めにはなくなりました。

 

 

 出血がなくなった後は頭痛が続きました。

 

 

 他には、1度しゃがんだ時に下腹部の左がずきっと強く痛んだ事があったり、


それとは別に、下腹部の右側が痛んだ事もありました。

 

 

 流産手術後30日で、かすかに出血が始まって、34日でリセット(生理開始)


しました。

 

 

 丁度その頃、不妊専門の病院に不育症の検査を受けに行きました。

 

 

 

 

 ところで、2度めの妊娠、ぴよちゃんの時の妊娠の兆候を、


1度めの妊娠、まもるくんの時と比べてみました。

 

 

 最初の時と違って、ごくごく初期に乳首の先が服にこすれて痛くなりました。

 

 

 眠気よりは気持ち悪くて、ごはん(お米)を食べたくなくなりました。

 


 炭酸水を飲むと少しおさまりました。

 


 ほぼ横になって生活していましたが、少し外出するとズキっとお腹が痛んだり


しました。

 

 


 心拍動が停止している事が分かる前日まで気持ち悪かったと思います。

 

 


 まもるくんの時は、8Wで流産、ぴよちゃんは12W直前で流産でしたが、


共通する点としては、二人とも、8Wの大きさで、8Wの大きさよりは育たなかった


という事です。

 

 

 私は妊娠は出来ても、赤ちゃんは8Wの大きさ以上には育たないのでしょうか。

 


 不育症なのでしょうか。

 

  

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DSC05536_thumb.jpg
 流産手術の為に午前中は検査をして、午後から


入院、そして、夕方手術室で全身麻酔が効いて、


完全に意識がなくなりました。

 

 

   
 気付くと病室のベットに寝ていて、まだ麻酔が覚め切っていないようで、頭が


朦朧として、とても変な感じがしました。

 

 


 遠くの方で姪っ子の声が聞こえます。

 

 

 空耳?

 

 

 でも姪っ子の声は段々とこちらの方へ近付いて来ていました。

 

 

 母と妹と姪っ子が3人でお見舞いに来てくれたのでした。

 

 

 まだ麻酔が冷め切ってない、朦朧とした意識の中でとっさに思った事は、


 「おもてなししなくっちゃ!」


でした。

 


 

 無理して急いで起き上がると、大地で買ってあって何故か入院の荷物に


入れて来た芽吹き屋の三色団子を袋から取り出して、串の部分を持って


姪っ子に渡したり、頭が働かないのであたふたしました。

 

 


 母は看護婦さんから、


 「まだ手術が終わったばかりで麻酔が切れていない」


と聞いて来ていたので、私にまだ麻酔が切れていない事を確認すると、すぐに


帰ろうとしました。

 

 

 「ちょっと待ってぇ~」


という感じです。

 

 


 妹がケーキを買ってこようと言っていたけれど、まだ食べられないでしょう?と


聞かれたり、朝から何も食べていなくて点滴オンリーだという話をしたり、


入院の荷物を色々持って来たけど、持ってきた物は何もいらなくて、必要なのは


スリッパだっという話をしたら、売店で買ってきてくれました。

 


 そして、


 「麻酔が切れていない時に来ちゃってごめんごめん」


と母は、


 「明日退院の時に来るから」


と言って帰ってしまいました。

 

 


 せっかく来てくれたのに意識が朦朧としていて残念でした。

 

 

 

 寝起きでぼんやりしている時より、もう何段階か意識が遠かったです。

 

 

 

 しばらくすると看護婦さんがいらして、麻酔の切れ具合を確かめて下さって、


 「大丈夫です」


と言うと、ちょっと歩いてみるようにすすめられました。

 


 

 そこで、今買ってきてもらったばかりのスリッパを履いて歩いてみると、


やっぱり少しふらつきました。

 


 

 看護婦さんは、「お腹が痛くなるお薬」を持って来て下さっていました。

 

 

 これから毎食後に、その、「お腹が痛くなるお薬」を飲む事になりました。

 

 そして、久しぶりのお食事、夕食を出していただきました。

 

 


 夕食を食べ終わるともう後は何もする事がなくて暇なので、夫のすすめで


持って来ていたMDプレイヤーと私のMD全部を入院荷物の中から出してきて、


その中から今聴きたい曲を考えて、宇多田ヒカルの「First Love」と、


ブルームオブユース「ラストツアー」を聴きました。

 

 


 今聴きたい曲は、その時にならないと分からないからとの事で


夫に持っているMDを全て持たされたのですが、それが良かったです。

 


 

 お手洗いに行く時には必ずナースコールを押して、付き添っていただいて行く


という事になっていました。

 


 

 でも手術前にボタンを押してはご迷惑をお掛けしていた事もあって、1人でも


全然大丈夫そうと勝手に判断して、夜中にも何度か1人で行きました。

 


 

 夜の病院はちょっと怖かったです。

 


 

 「お腹が痛くなるお薬」を飲んでいるので、お腹はいつまでも痛いままでした。

 


 

 「お腹が痛くなるお薬」は、子宮を収縮させて、大きくなった子宮の大きさを


早く元に戻す為に飲んでいます。

 


 

 夜中は、お手洗いに何度か起きた位で、結構眠れました。

 


 

 そして、朝起きて、お部屋に付いている洗面所じゃなくて、お手洗いに付いている


広い方の洗面所へ行って、顔を洗ったり歯を磨いたりしていると、お手洗いから


1番近いお部屋が、出産されたばかりの方のお部屋だということが分かりました。

 


 

 手術前からあのお部屋に入る事にならなくて良かったわぁとぼんやりと思いながら


自分のお部屋に戻って来て、ふとベッドに横になった時に、

 

 「あ~、もうお腹の中に、ぴよちゃんはいないんだったわ~。


  妊娠4ヶ月になるからと、最後に、妊婦服を買ったりしたけど


  あれもいらなくなってしまったわ~」


と気付くと同時に急激に悲しくなって来て、声を殺して泣き始めました。

 

 


 泣き出すとすぐに、昨日左隣のベットで、私の事を心配して、先に先生に


診てもらえるようにと声を掛けて下さった年配の女性が、カーテン越しに、

 

 「どうしたの? 悲しくなっちゃったの?」


と声を掛けて下さいました。

 

 

 「はい、すみません」


と答えながら、かえって涙を抑える事が出来なくなってしまって、


そこから号泣してしまいました。

 


 

 泣けば泣くほどどんどんひどくなって、お部屋を離れてお手洗いで泣こう


などと考える余裕もなく、獣のような声で慟哭してました。

 

 

 余りにも長い時間声を上げて泣いていたので、右隣の方もカーテン越しに


つられて一緒に泣き出してしまって、その声を聞くと少し冷静に、


 「いい加減に泣き止まなくちゃ」


と思えて、なるべく声を出さないようにしましたが、ひぃいいいいっくという


息を吸い込む音はどうしても止められませんでした。

 


 朝食が運ばれて来ても、まだ、だらだらと涙をたらしながら、ひっくひっくと


しゃくり上げていましたが、食欲はあったので、涙をしたたらせながら、時たま、


ひぃ~んと激しく泣いたりしながらも、ぱくぱく全部食べてしまいました。

 

 


 朝食を食べ終わるとすぐに看護婦さんの問診がありました。

 

 


 「朝食はどの位食べましたか?」


との質問に、

 

 「全部です」


と答えると唖然とされました。

 

 


 しばらくすると、昨日、流産の手術をして下さった先生の診察があるので


ナースセンターに来て下さいと、枕元のスピーカーで呼ばれました。

 


 

 奥のお部屋から、お手洗いを通り越してナースセンターまで歩いていくと、


ナースセンターの横のお部屋で準備するように言われました。

 

 


 診ていただくと問題なしでした。

 

 

 先生は、


 「昨日の手術が遅くなってすみませんでした」


と何度も丁寧におっしゃいました。

 

 

 何だか何度もそう言われると、手術室の順番待ちではなくて、

 

 「もしかしてあの沢山の学生さん達の到着を待っていたとかそういう事なの?」


と思ってしまいます。

 


 

 内診が終わると、先生からちょっとお話があるとの事で、ナースセンターの中の


椅子に座ってお話する事になりました。

 


 先生は、


 「子宮筋腫が5cmと大きいので、血液の流れを妨げているのではないでしょうか。


  切った方がいいと思います。


  それから、不育症の検査をしてみませんか?」


とおっしゃっいました。

 


 子宮筋腫の事は、不妊専門の病院で、


 「切ると癒着など、また別問題が出てくるので、妊娠を優先させましょう」


と言われている事、


  そして、


 「不育症の検査の事は、流産の手術の前に、既に不妊専門の病院の先生に


メールでお願いしているので、不妊専門の病院に戻って受けます」


とお返事すると、先生とメールでという事に過剰反応されて、特別先生と


親しいわけではないので少し困りました。

 


 ご親切にすすめて下さったのに、お断りするような形になってしまって


とても申し訳ない気持ちで一杯で、思わず、こちらの病院で子宮筋腫


切ったり、不育症の検査をしようかと思うほどでした。

 

 


 退院の30分前、11時になると母が来てくれました。

 

 

 夫が来ていない事に腹を立てているので、今日はとても大事な、最後のお仕事が


あってと、詳しく状況を説明すると、それなら仕方ないわ、許す! なんて言って


いました。

 


 

 夫は特に来ないはずではなかったのですが、私のメールを何か勘違いして捉えて


来なくてもいいと思ったようです。

 


 

 本当は出勤前にちょっと顔を出して欲しかったのですが、後から夫に聞くと、


うちのコ(インコ)のお世話や、出窓に沢山ある植物の水やりがあったので、


朝忙しくて、病院に来なくても大変だったので午後から出社したそうです。

 


 

 夫は結局、私が入院している姿を1度も見なかったことになります。

 


 

 お仕事を優先して欲しいというのは、私の強い希望ですが、採卵の時といい、


ちょうど大事な時と重なってしまうものですね。

 


 

 入院している時はいて欲しかった気がします。

 


 

 ただ、本当に大事な時と重なってしまうので、いつも大事な時にいないとなると


お仕事にはかなり影響があると思います。

 

 

 11時半には荷物をまとめてベッドに腰掛けて待っていると、看護婦さんが


今日退院の方のベッドを順番に回っていて、私の所にもお会計の書類が来ました。

 


 

 それを持って、母とナースセンターの前を通りかかる時に、たまたま流産手術


して下さった先生にお会いしたのでご挨拶して、下の階でお会計を済ませました。

 


 流産手術費用はいくら位かしらと思っていたら、検査も含めて1泊2日で3万円


ちょっとでした。

 

 5万円は掛かると思って用意してきていたので充分足りました。

 


 母は私のお見舞いにと、Mother'sの有機果物を沢山買って大きな箱で


持って来てくれていました。

 


 方向は逆ですが、母の車で実家に寄って、お昼におうどんを作ってもらって食べて、


夕方家まで送ってもらいました。

 

 

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 流産手術日当日 DSC06834_thumb.jpgです。

 

 昨日は病院で、ぴよちゃんの心拍動がもう止まって


しまっている事が分かりました。

 


 夫に車を運転してもらって、朝一よりは少し遅れて、9時半に病院に着きました。

 


 総合受付でも、産婦人科の受付でも、


 「今日入院して午後流産手術の予定です。」


とお話しても全く何の反応も無くて、普通に待合室で待つことになりました。

 


 夫と一緒に、産婦人科の1番奥のソファーで待ちました。

 


 1時間半待ったところで、昨日の先生が遠くから歩いていらして、視線を合わせて


軽く会釈をしてから診察室の方へ入って行きました。

 


 これで早く呼んでもらえる可能性もあります。

 


 夫は午後から大事な仕事があるので、11時半には病院を出る事になっていました。

 

 

 11時15分に名前を呼ばれました。

 


 早速診ていただく事になって、椅子へ移動しました。

 


 昨日の先生がおっしゃっていた「上の先生」らしき声がカーテンの向こうから


聞こえてきて、


 「筋腫が前にも後ろにもある」


という昨日の先生の発言を、まるで、


 「しぃ」


と制する様に否定している気配がしました。

 


 その後、上の先生の、


 「初産ですか?」


という質問に、


 昨日の先生が


 「経産です、あ、いいえ、初産です」


というやり取りまで聞こえてきました。

 

 

 ぴよちゃんの心拍動が既に止まってしまっていて、ぴよちゃんの成長が


止まってしまっている事だけは確かな事で、上の先生が診てももやはりそうでした。

 


 結局「上の先生」は1度も顔を出さないで、声もひそめていらしたので、


どなたか顔も分からないまま、お話しするスペースに戻って、昨日の先生から


超音波写真を見せていただきました。



そして、


 「やはりぴよちゃんはもう動いていない」


という事を確認しました。

 



 ぴよちゃんがもう動いていない事が確認出来たので、これから流産手術の為の


検査をして、そして入院、午後には流産手術と決まりました。

 


 ぴよちゃんの超音波写真を最後によく見ると、先週測っていただいた大きさより


少し小さくなっていました。

 


 丸まった感じでしょうか。

 


 悲しいです。

 


 昨日が27mmでした。

 


 今日は23mmで、3,4mm小さくなっていました。

 


 

 診察のちょっと前から、出血とお腹の痛みが、定期的に激しくなって来ました。

 


 夫はもう会社に行かなくてはいけない時間になったので、私の入院のお世話を


して下さる事になった年配の方に、夫が帰る事を告げると、慌てて、


 「それでは流産手術の同意書にサインだけして行って下さい」


との事で、急遽用意していただいた、流産手術の同意書に、夫は、特に内容を


読んで確認をする余裕も無く、サイン欄にサインだけして会社へ行きました。

 

 

 流産の手術の為の検査には、お腹が痛くて1人では回れないとの事で、車椅子に


乗せていただいて、入院準備のお世話をして下さる方とは別に、流産の手術の検査に


付いて回って下さる方が付いて下さいました。

 


 「車椅子なんてそんな大げさな!」


と、最初は思っていました。

 


 でも、流産の検査の為に、各場所でそれぞれ待ち時間があって、待っている間に、


定期的に襲って来るお腹の痛みがどんどん激しくなって来て、前のめりになって


痛みに耐える時間が増えてきました。

 


 付いてくださっている方が、検査の順番取り、検査のお部屋の確認、私が車椅子に


乗ったり降りたりする度に、車椅子の足載せを出したりしまったりと、全部やって


下さいました。

 


 それで、私はただ痛みに耐えながら名前が呼ばれるのも気にしないで座っていれば


良かったので助かりました。

 


 途中からお腹の痛みが襲ってくると、付いてくださっている女性が床に膝を突いて


私の背中をやさしくさすって下さるようになりました。

 


 そうしていただくとお腹の痛みが和らぐわけではなかったのですが、気持がとても


温かく感じられて、そうしていただいていました。

 


 そして、痛みと痛みの間に、その方は、


 「私も流産した事あるんですよ」


と、ぽつりとおっしゃいました。

 

 


 やっと流産の手術前に必要な様々な検査が終って、車椅子を押していただいて


産婦人科まで戻ると、診察室に近い場所で、先ほどの入院準備のお世話をして


下さる方を待つ事になりました。

 


 車椅子が、丁度、待合室のソファーの方を向いていて、皆さんこちらを向いて


座っていらっしゃったので、何だかお腹の大きい妊婦さん全員から、車椅子で


お腹を押さえてうずくまっている自分が見られているような気がして


消えてなくなってしまいたい気持になりました。

 

 


 しばらく待つと、先ほどの、入院のお世話をして下さる年配の女性が出ていらして


いよいよ病棟の方へ移動する事になりました。

 


 「入院の荷物が診察室の前に置いてあるのですが」


と言うと、車椅子を押して、一旦診察室の前に荷物を取りに寄って、結構重いのに


肩に斜め掛けにして、車椅子を押して下さることになりました。

 


 いざ、病棟へ!です。


 

 病棟に付いて、エレベーターを上がると、廊下を1番奥のお部屋まで移動しました。

 


 お部屋は6人部屋位で、カーテンで仕切られていました。

 


 まず車椅子からベットに移動して横になると、


 「そのままでいいです」


との事で、横になったまま問診が始まりました。

 

 


 問診の項目はものすごく沢山あって、


 「そんな事答えたくないわ!」


と思うような事や、周りの方に聞こえるのが嫌だわ!と思うような事もありましたが、


自分自身で問診表を記入する元気はないので、


 「仕方ない」


と思いながら、どんどん質問に答えて行って、書きとめていただきました。

 


 周りの方にも全て筒抜けになってしまうので、何だか私の事だけお部屋の皆様に


知られてしまうという事にすごく抵抗を感じました。

 

 

 特にこの前の流産の事と、今回の流産の事についても大声で詳しく詳しく聞かれて


それに答えなくてはいけないのが嫌でした。

 

 

 やっと長い問診が終わると、、お手洗いの説明がありました。

 

 

 「お手洗いにはナースコールのボタンが付いているので、手術前にお手洗いに


行った場合には、必ず毎回、流す前にナースコールのボタンを押して呼んで下さい」


との事でした。

 


 実際にお手洗いに行って、ナースコールのボタンを押してみると、すごーく


迷惑そうに看護婦さんが駆けつけていらして、


 「何か出てきましたか?」


と毎回聞かれるので、


 「さぁ、よく分かりません。出ていないと思います。」


と毎回答えました。

 

 

 もうナースコールを押すのやめようかしら?とも思いました。

 

 

 それから、左手の腕、手首から5cm程上に、点滴が始まりました。

 


 おトイレの時に、手を付いてベッドから起き上がると、針から血が逆流して、点滴の


管が血で真っ赤になりました。

 

 

 すぐに取れそうになってはナースコールを押すと、ちょっと年配の看護婦さんが


いらして、取れないようにしっかりと付け直してくださいました。

 


 お手洗いには、点滴のかかっている台も自分でガラガラと引いて行くのですが、


1度お手洗いで流す前に、いつものようにナースコールを押して看護婦さんに


来ていただいたら、そんな事より、点滴がなくなっている事に気付いていただいて、


看護婦さんは、


 「点滴がな~い!」


とお手洗いの外に向かって大声で叫びながら、慌てて、まずは点滴液を、空の物から、


入っている物に取り替えて下さいました。

 


 看護婦さん、すごく慌てていましたが、点滴液がなくなったままだと


どういけないのかあまりピンと来ませんでした。

 


 ベッドで横になっている間には、2度、ナースセンターから枕元のスピーカーに


連絡が入って、


 「検査の時レントゲンを撮りましたか?」


という確認がありました。

 


 どうもレントゲンの画像がどうしても見つからないようなのです。

 


 流産の手術の時間は午後2時と言われていたので、どんどんお腹の痛みが


激しくなっても何とか我慢していました。

 


 ところが、あと15分という時になって、もうどうにも我慢出来なくなりました。

 

 

 ナースコールボタンを押して、


 「お腹が痛くてもう我慢できません。


  何とか・・・何とかしていただけませんか?」


とお願いしました。

 

 


 すると少しして、看護婦さんが痛み止めの座薬を持って来て下さって、おしりに入れて


くださいました。

 


 

 でも、この座薬、すぐには効きませんでした。

 

 

 痛みが和らぐのに30分はかかりました。

 


 その間、大部屋では、先生の回診があって、私は飛ばされたのですが、


隣のベッドの女性が、私が痛くてうめいている声を心配して、先生に


 「ねー、隣の方、診てあげてくれる?


  さっきからうなっているのよ」


と頼んで下さいました。

 

 

 それで初めての先生がちょこっと顔を出して、

 

 「さっき座薬を入れたのはまだ効きませんか?


  手術の時間が遅れていてすみません。


  もう少し待って下さい」


と声を掛けてくださいました。

 

 


 お腹の痛みも収まらないですし、ぴよちゃんが死んでしまって悲しくて泣いていたら、


もうすく流産の手術をして下さる先生がいらして、自己紹介をして下さいました。

 


 そして、


 「何で泣いているんですか? 痛みで?」


と聞かれました。

 


 悲しくて...とも言えなくて、


 「はい」


とお返事していました。

 

 

 

 流産の手術をして下さる先生は、私の名前がマジックで書かれたリストバンドを手に


持っていらして、最後にそれを私の左手首に付けて下さいました。

 

 


 どれ位待ったのか、気付くとお腹の痛みが和らいでいました。

 

 


 そして、痛みが治まると、時間の感覚がなくなってぼんやりして来ました。



 夕方、どどどどどどっと数人の方がいらして、


 「これから流産の手術で、このベットでそのまま行きますので、ベットに乗っている


荷物を棚に移動して、メガネも外して置いて行って下さい」


と言われました。

 


 いよいよです。

 


 「とても目が悪くて外すと不安なので、掛けて行きたいのですが」

と言うとOKでした。

 


 そして、

 

 

 「ご家族の方は?」


と聞かれたので、


 「主人は会社の方へ行きました」


と答えました。

 

 

 

 手術室に着くと、1番初めにメガネを外されました。

 


 手術室には沢山の学生さんらしき若い方がいらして、ベットの周りを囲まれました。

 


 全員の方が、とてもやさしく声をかけて下さいます。

 


 私のベットが横付けしたベッドに、


 「ご自分で移動する事が出来ますか?」


と聞かれて、


 「はい出来ます」


と移動しました。

 

 


 そして、移動したベッドの方を押していただいて、さらに奥の方へ行って、


今度は手術台に横付けされたようで、また自分で移動しました。

 

 


 手術台の上に横たわってみると、それこそ学生さん達に囲まれていて変な


感じがしました。

 


 口のあたりに、マスクのような吸い込み口が来て、それを吸い込んでいる間に、


左足首の辺りの学生さんから、

 


 「今日はご家族の方は?」


と質問されたので、



 「会社の方へ行きました」


と答えていると、急に吸い込んでいる空気にすっぱいような変な味がして、


ごほごほと咳き込みました。

 


 そして、咳が収まったところから意識がありません・・・

 


 全身麻酔で完全に意識がなくなりました。

 

 

 

 


 次は、流産の手術が終わって、麻酔からさめかかっている所からです。

 

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DSC07941_thumb.jpg   

 不妊専門の病院を卒業して助産院へ転院して、前回は、


そこから総合病院へ行って妊娠初期の検査をしました。

 

 

 ちょっとぴよちゃんの育ち具合が思わしくないので、もう1回、一週間後に


診察してから助産院の方へ戻る事になっていました。

 

 

 ところが、生理周期82日に茶オリがありました。


 

 そして、翌83日、11W5Dに、朝茶オリがあって、下腹部痛が始まました。


 段々と茶オリが赤い出血へとに変わっていきます。

 


 

 助産院にお電話をして、生理初日位の出血がある事をお話すると、


 「総合病院へ連絡しておくので、入院の準備をして行って下さい。


  そして結果も教えて下さい」


と指示ありました。

 

 

 
 その日は、丁度土曜日で、もう病院は診察時間が終っている時間でした。

 

 

 夫に車を運転してもらって総合病院まで行きました。

 

 

 総合病院の救急受付でお話して、すぐ前のベンチで待ちました。

 

 

 待っている間に私は、両目からだらだらと涙をたらしていたので、


通りかかった看護婦さんに


 「あらあなたどうしたの? 泣かないで?


  赤ちゃんはまた授かるから」


と励まして頂きました。

 


 

 でも、事情を知らないからそんな事を言うけど、奇跡的な自然妊娠なんて


そう何度も起こるはずがないし、2度起こったのだからもうこれで終わり


かもしれない。

 

 

 そんな風に思っていました。

 


 

 ただ、不妊検査後に、


 「あなた達には自然妊娠の可能性がありません。


  顕微授精でしか授かる可能性はないです」


と言われた時の事を考えれば、事情を知らないとは言え、

 

 

 「赤ちゃんはまた出来るのよ」


と、確信を持って言ってもらえる方が、いい事はいいです。

 


 

 総合病院では、流産などは日常茶飯事で、ちっとも珍しくないのだそうす。

 


 

 受付の方は、はっきりとそうおっしゃっていました。

 

 


 

 かなり長い間、受付前のソファーで、涙を垂れ流したまま待って


いましたが、ようやく、


 「産婦人科の方へ移動して下さい」


と言われました。

 

 

 

 移動して待っていると、手術着の様な服装の女性の先生が降りていらして


準備して下さいました。

 

 

 すぐに診察していただくと、


 「大きい子宮筋腫がありますね。 1個ではなくて、その前にも


  後ろにも3つあります」


と言われました。

 


 え? そんなはずは~と思って、

 

 「1個としか言われた事はないのですが」


と言うと、先生はあわてて、じゃあ違うかもといった雰囲気でした。

 


 

 肝心のぴよちゃんの事がなかなか言われないので、どうしたのかと


思っていたら、やっと、

 

 

 「今までの事が分からないので分かりませんが、


  前回から成長が止まっていて、心拍動もないようです」


と言われました。

 


 

 よく分からないと言われたので、

 

 

 「子宮筋腫で見えにくいとか、そういう事ですか?」


と確認すると、先生は、カーテンをサァっと勢いよく開けて、


ものすごくくっきりと、しかも拡大されているのか実物の3倍の大きさに


アップになった、ぴよちゃんのかわいらしい3頭身の姿がモニター全体に


映し出されていました。

 


 

 そしてその右には、心拍動が無い事を意味する、上下に揺れていない


横線がまっすぐ左から右に複数伸びていました。

 

 

 

 ぴよちゃんはもう心拍動を停止して、じっとしていたのでした。

 

 


 お話するスペースに戻ると、待合室の椅子で待っていた夫も呼ばれて


入ってきました。

 


 

 まずは、先ほどの超音波写真を見せていただいて(これはいただけ


ませんでした)、夫にも説明がありました。

 


 

 そして、先生は、


 「今日は帰った方がいいでしょう? 帰って明日か火曜日の担当の


  先生の日でもいいですが、その時に来て、もう一度、心拍動が


  止まっている事を確認しましょう」


とおっしゃいました。

 

 

 夫は、入院の用意もしているのでと申し出ましたが、


私は帰りたかったので、先生の提案に飛びついて、


 「今日は帰りたい」


と夫に訴えて、でも、


 「火曜日までは待たないで、明日入院したい」


と希望しました。

 


 火曜日の先生に特に思い入れはないので、今目の前にいらっしゃる、


少しでも事情の分かっている先生にすがって、


 「明日先生がいらっしゃるなら明日来たいです」


と訴えていました。

 

 

 そこで、明日の確認がありました。

 

 

 「明日はまず、すぐに入院ではなくて、普通に診察券を出して診察の


  順番を待って、上の先生になる先生に、心拍動が止まっている事を


  きちんと確認してもらってから、入院という事になります。」

 


 

 「そして、それから検査をして、午後手術です。


 

  手術の方法は、麻酔をして、こういう傘の骨のような尖ったものを


  超音波などは何も見ないで子宮に入れます。


 

  そして、その傘のようなものを開いて子宮の内側を削り取るようになります。


 

 

  この時、麻酔をしているのに、万が一動いてしまった場合には、


  その尖った器具が、子宮を突き破って穴が開いてしまいます。

 

 

  でも、小さい穴なので、穴が開いても、戻せば穴はすぐに閉じて、


  子宮が小さくなる時に塞がってしまうので大丈夫です。


 

  ただ、そういう可能性がある、危険性があるという事を理解して


  いただいた上で、手術の同意書にサインをしていただく事になります。

 

 

  手術をするのは、私ではなく、上の先生になります」


との事でした。

 


 

 私は、手術の説明があまりにも恐ろしかったので、


 「やめます! 手術はしません!」


と大声で泣き叫んで帰りたいところでした。

 

 

 でも、もう他にどんな方法もないですし、どこの病院でも手術の方法は


同じなのでしょうから、あきらめました。

 


 

 夫は、明日、もう一度、心拍動が止まっている事を確認するとか、


明日また普通に診察券を出して順番を何時間も待つという説明が、


何かおかしい、どうもおかしいとその時すでに思っていたようです。

 


 

 私は、目の前の先生に、藁をもつかむような気持ちで、気持ちがすがり


付いていたので、その先生のおかしさにあまり気付いていませんでした。

 


 

 一通り説明も終わったので、


 「明日は朝一番に来て下さい」


と言われて、入院の用意をしてあったボストンバックをかかえて帰りました。

 


 

 帰れる事は本当に嬉しかったです。

 


 

 でも明日はまた病院で、そして流産の手術です。

 


 

 帰ってから助産院にお電話をして結果を報告しました。

 


 

 それから、不妊専門の病院の先生にも夫がメールを書いて、


 「明日総合病院で流産手術を受ける予定ですがいいですか?」


と確認しました。

 


 不妊専門の病院の先生からは夜OKの返信がありました。

 


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