2009年12月アーカイブ

   
  

 顕微授精の前の周期に人工授精で3度目の妊娠をしました。

 


 赤ちゃんの心拍も無事に確認できて、その翌週にも、育っている事が


確認出来ましたが、前に2度、心拍確認後に流産を経験しているので、


今回は急いで産院に転院しないで様子を診ています。

 

 

 初めての妊娠の時には8週で流産、次の妊娠の時には12週直前で流産して


いる私にとって、産院に転院したとしても、無事に12週を迎えることが


出来れるまでは心配です。

 

 

 8W1D  周期57日(高温期42日め)


 基礎体温は最近36.96℃で安定しています。

 

 大根ジュース(生の大根にはちみつをかけて置いておくと


大根から水分が出て風邪予防のシロップができます)を作っていて、


はちみつが付いた大きいスプーンを最後になめたら急に気持ち悪く


なりました。

 


 はちみつは今回のつわりでは気持ち悪くなってだめみたいです。

 

 昨日は夫に手伝ってもらって、クイックルワイパーにコロコロ、


肉野菜スープ作りやお洗濯と家事がはかどって良かったです。

 

 

 でも家事が多すぎて外出する予定が夕食後になったので、


その頃にはつわりで気持ちが悪いのと、少しお腹が痛いような


気がして行けなくなりました。

 


 お腹が痛いような気がしていたのは結局便秘だったようで少し


安心しました。

 

 洗濯物をリビングまで運んだら少しお腹が痛みました


 せっかく重たいものを持たないようにと夫に手伝ってもらったのに、

ちょっとその場にいなかったので自分で運んでしまいました。

 

 待つという事がすごく苦手です。

 


 お腹が痛い事から流産につながるので、3度目の妊娠でようやく


お腹が痛い時に大事を取るように、外出して歩いたりしないように


気をつけられるようになってきましたが、まだまだもっと


気を付けるようにしないといけないです。

 


 雨なので深夜にお洗濯をしてお部屋の中に干しておいて、


朝夫に外に出しておいてもらう事にしました。

 


 洗濯物をさおに掛ける動作が最もお腹に負担がかかって


良くないです。

 

 これを取り込む時にも、洗濯物が乾いている分少し軽い


とは言っても充分重くてお腹に負担がかかるので、そのまま


外に干しておいて夫が深夜に帰ったら取り込んでくれると


言ってもらったのですが、ふと考えてみると、ベランダに出て


干して、ベランダで1つずつ取り込めばそんなに重くはない


ですね。

 

 乾いた洗濯物位はそうやって自分で取り込もうと思います。

 

 いつもだったらベランダ用のサンダルも出さないで、ぎっしり


干した重たい洗濯物を、一気に手を伸ばして勢いで物干し竿に


掛けていましたが、そういう習慣を変えないといけません。

 

 

 去年も妊娠が分かった時すぐに「安静」と言われてからは


家事や掃除を控えていました。

 


 お風呂掃除がお腹に負担が掛かって良くないと言われていますが、


あんまり大事にしすぎて寝たきりの生活をすると、元の生活に戻れ


なくなるので、ほどほどに何でもしたいと思います。

 


 ダウン症のドラマを夫と録画で観たら、2人とも子供の頃不整脈


でしたし、ダウン症の子供が産まれる可能性も充分ありえる事だと


思いました。

 


 今健康で、今まで無事に生きている事がすごい奇跡なんだわと


最近思います。 

 

 

 

 8W3D 周期59日(高温期44日め) 診察日


 基礎体温は36.97度でした。


 今日は不妊専門の病院で診察の日です。


 1週間で赤ちゃんはどれ位育っているでしょうか。


 今日順調だったら産院の方へ紹介状を書いていただいて


転院になる予定です。

 

 病院は空いていましたが、今までで一番待ち時間が長かったです。


 待合室がどんどん混み合って来たので、つわりと、圧迫感と


息苦しさで気が遠くなりました。

 

 名前を呼ばれた時には疲れきっていて、どきどきする元気も


なくなっていました。

 

 内診の結果は、順調に育っていて、CRLが17.4mmになって


いました。

 

 もう2頭身に見えます。

 

 「順調に育っていて問題ないです


との事で、今日で不妊治療専門の病院は卒業になりました。

 

 ちょっと勇気を出して、

 
 「心拍動がゆっくりだったような気がするのですが...」


と質問してみましたが、


 「そんな事はないです」


との事でした。

 

 先週は怖くて確認できませんでしたが、今日は最後なので


聞いてみました。

 

 私には心拍動は決して速くは見えませんでしたが、先生に


そんな事はないとおっしゃっていただけたので、先生のお言葉を


信じて希望を持とうと思いました。

 

 来週から新しい病院、産院の方へ転院です。

 

 会計時に紹介状をいただきました。

 

 お会計の時に去年から顔なじみの1番好きな受付?の方に


当たって、


 「お大事になさって下さいね~」


と心をこめて笑顔で送り出していただいてとても嬉しい気持ちに


なりました。

 


 今度こそ卒業したら戻って来ないように頑張ります!

 


 病院の後実家に行くと、遅かったので母がとても心配して


待っていました。

 

 父にもようやく話しをしたそうです。

 

 さっきすれ違った時、最近見ないような嬉しそうな表情を


していたのはそのせいだったのだと分かって納得しました。

 

 夜、弟にも偶然会いましたが、


 「どうしたの? 随分具合悪そうだけど、風邪?」


と聞かれて、


 「ううん」


としか言えませんでした。

 

 いつ弟に妊娠の事を伝えるかというタイミングは母次第と


いう事にしました。

 

 来週産院の方へ転院して、その時に無事だったら弟にも


言ってもいいのかもしれないと思ったり、やっぱり前の2回の事が


あるから直前まで内緒にしておいた方がいいかもしれないと


思ってみたり、どうするのがいいかは決まりませんでした。

 

 弟の所は結婚がかなり早くて子供が3人います。


 なので、子供達も含めて、前の2度の流産の事は全員が知って


いるようでした。

 

 流産は、やはり話を聞いた子供にはショックが大き過ぎるので


あまり言わない方がいいのかもしれません。

 

 一番上の子は高校生ですが。

 


 妹の所の姪っ子に、前回赤ちゃんが消えてしまったと説明したら、


すごくショックを受けていたという話しを初めて聞きました。

 

 消えたと伝えたので、姪っ子は


 「消えたってどういう事?」


と理解できなかったようです。

 

 当時姪っ子は2才だったので、妹もさすがに死んだとは言えなくて


消えたと話したのでしょうか。

 


 絵本等の物語を読んでいると、お母さんが死んだという話が


とても多いです。

 

 姪っ子はそういうお話を読んでもらっては、もしママが死んで


しまう事があったらどうしよう?心配している時期でした。


 その事があるので、今回は姪っ子にもまだ話していません。

 

 たまに大人だけで話していて普通に赤ちゃんの話しも出てくるので


そのうちにあれ?と気付くかもしれません。

 

 妹は、姪っ子が帝王切開で生まれた事をきちんと話していなくて


内緒にしていたのに、姪っ子はお腹を切る事を大人の話の中から


読み取って理解していたように...。

 

 今回、3度目の妊娠は、病院以外では誰もおめでとうとは言わない


です。

 

 「大事にしてね」


それしか今は言えないのでしょう。

 

 9ヶ月というのは本当に長い期間ですから。

 

 

 夜家に帰ってから、また、前の2人の時と大きさ比べをしました。

 

 初めての妊娠、まもるくんは59日で11.2mmでした。

 

 出血とお腹の痛みがあって、転院先の産院へ初めて行ったら


断わられて大ショックを受けながら不妊専門の病院へ行きました。

 

 まもるくんは、診察していただいた時にはもう手を離して


子宮の入口付近まで降りてきていて、心拍動が弱くなっていました。

 

 

 その日に別の産院へ入院する事をすすめられたのですが、もう


手を離している事や、子宮の入り口付近まで出てきている事を


その時には伝えていただけなかったので、もう完全に駄目という


認識が全くなくて入院しませんでした。

 

 そして、その晩、夜中から朝にかけて大出血をして、お布団から


何から血の海になってしまって、それを全て自分で、痛いお腹で


綺麗に洗うのが大変だったので、そういう事なら、もう分かっている


事なら入院した方が良かったと思いました。

 

 不妊専門の病院で診ていただくと心拍動が完全に止まっていて、


赤ちゃんはまだ入口に残った不全流産でした。

 

 その場で取り出してもらったらお腹の痛みは治まりました。

 

 ぴよちゃんの時の手術と比較すると、手術しないで済んで


精神的にも肉体的にも随分と楽だったと後から思います。

 

 また、子宮の表面に傷が付いていないので回復も早かったです。

 

 

 

 2人目の妊娠、ぴよちゃんの時の大きさは58日で12.4mmでした。

 


 その時は全然気付いていなかったのですが、それまでは

 「順調に育っています


とおっしゃっていただいていたのに、最後の診察日には、その言葉を


言われなかったんです。

 

 転院先を助産院と決めていて、産めると信じていました。



 ぴよちゃんが17.4mmより大きく育ったのは9Wの時で、助産院へ


初めて行ってみた日の事でした。

 

 まだ8W...。


 まだたったの8週間です。



 先が長すぎて気が遠くなります。

 


 先生が初めて


 「頑張ってください


とおっしゃいました。

 


 

 

 

*****


 最初の方の日記を読み返していると、重~いお洗濯物が入った

カゴを運んだと書いてあってこわいわ~と思います。


 少なくとも12Wまではもっと大事にして欲しいものです。



 3度めの妊娠をした事は、家族はもちろん、親戚に連絡する事は


見送られていました。



 母は、


 「2度も流産するなんて、あまりにもおかしい


と言うんです。



 ひどいです。



 家柄や、遺伝する病気、そして流産などのない家系を

自慢に思っている、特別差別意識の強い、世間体を殊更


気にする母にとっては、流産などあってはならない事


だったのです。

 

 でも、皆さんこういったマイナス面は隠して生活していただけで、


そういう時代だっただけで、実際にはもっとあったのだと


思います。

 

 

 そう言えば20代の頃に、一度だけ尿検査でが出た事がありました。

 

 再検査ではひっかからなかったのですが、母からは、その事を


絶対人には言わないように、糖尿病の疑いがあると思われたら、


糖尿の家系という事でお嫁に行けなくなるからと釘を刺されたことが


ありました。

 


 

 何はともあれ、無事に不妊専門の病院を卒業する事が出来ました。



 これで3度目の卒業になります。


 

 次回は産院の方へ1週間後に行ってみようと思っています。

 

 

 


 「順調です


という言葉が聞けたのは、卒業時の診察が最後でした。

 


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