87不妊治療体験談:流産の最近のブログ記事


 6/12、深夜0時にはもうかなりお腹が痛かったのですが、そのまま横に


なって寝よう寝ようとしていました。

 

 


 そしてふと目を覚ますと朝でした。

 

 「あ、私こんなにお腹が痛いのに寝られたんだわ」


と驚きました。

 

 

 でも、何かすごくやばい感じです。

 

 下半身が全体的に生あたたかく湿っているんです。

 


 そして血の臭いがしました。

 

 

 少しだけ起き上がって恐る恐る羽根布団を持ち上げてみると、、、


ものすごい大出血で、お布団が血の海になってました。

 

 


 それを見て、さすがに私も、


 「もうまもるくんは助からない」


と分かりました。

 

 


 隣で半分目が覚めかけている夫に、


 「すごい出血なの、もう駄目だ~」


と言った後、夫が何と言ったか、どうしていたかは記憶に


ありません。

 

 

 

 お手洗いに行くと、昨日先生から言われていたように、何かが


出てきました。

 

 

 

 何か細長くて、筋子みたいな大きさと筋で、真っ赤なものです。

 

 


 何も考えずに容器と割り箸を持って来てお箸でひろって、間近で


よく観察してから容器に入れて蓋をして、外から見えないように


茶色い紙の袋に入れました。

 

 


 そして、下だけ着替えました。

 

 

 下着とパジャマの下を、まずは手洗いしました。

 

 

 それからお布団もそのままには出来ないので、シーツと


掛け布団カバーを外して、おおまかに手洗いしました。

 

 

 お布団ももちろん血だらけでした。

 

 

 ムアツ布団の汚れをどうやって取るか考えました。

 

 

 そして、お掃除用にしている使い古した歯ブラシと、お洗濯用の


固形石鹸、青ざらしを洗面所から持って来て、石鹸を付けては、


歯ブラシでゴシゴシ擦りました。

 

 


 普段でも面倒であまりやらない事を黙々とやって、全部綺麗に


汚れを落としました。

 

 


 すぐだったので血液の汚れなのに完全に綺麗になりました。

 

 


 次に羽毛布団ですが、これが、買うときに色がちょっとと思っていた、


何ていうんでしょう、血液が固まった時のちょっと茶色っぽいあずき色


だったので、汚れが全く目立ちませんでした。

 

 


 かなりしみこんでいるはずですが、ざぁっと簡単に拭いただけで


終わりにしました。

 

 


 まさか、こんな時に、あの時仕方ないと選んだお布団が


助けになるとは思ってもみませんでした。

 

 


 さっきまでの血の海が全部綺麗になると、お腹の痛みと


悲しみだけが残りました。

 

 


 両目からはたえず涙が流れ続けていました。

 

 


 水道をきちんと閉めなかったみたいに、流れていましたが、


特にぬぐう事もしないで、したたり落ちるままにしていました。

 

 


 不妊専門の病院が開く時間が近くなったので、夫に運転して


もらって、茶色い紙袋に入れた容器を持って出発しました。

 

 

 途中で、携帯から、受付にもう誰かいる時間を見計らって不妊専門の


病院に電話を掛けて、状況を説明して、今病院へ向かっているので


よろしくお願いしますと予約を入れました。

 

 

 

 病院の受付で、診察券と、容器の入った茶色い紙袋を、何も


言わないで差し出して、待合室のソファーに、お腹の痛みで前に


二つに折れて座って呼ばれるのを待ちました。

 

 

 

 受付が始まっていて、診察時間がもうすぐ始まるという時間帯


でしたので、待合室には10人位の人が待っていました。

 

 

 

 少しすると、一人の看護婦さんが私の方を見て、


 「あの方を先に診察してさしあげましょう」


と奥の看護婦さんにおっしゃいました。

 

 

 

 いつもちょっと怖いわと思っていた看護婦さんだったので、


今までごめんなさいと思いながら、感謝のまなざしを送りました。

 

 

 

 1番に診察していただける事になりました。

 

 


 私達より前に来ていて、さっきから隣に座っている方がとても


急いでいる様子だったので、申し訳なかったです。

 

 


 相変わらず私の両目からは、とめどなく涙が流れ落ちていて


受付をしたり、夫とちょっと話したりは出来るのですが、涙が


流れてあごから落ちている状態がデフォルトになっていました。

 

 


 それで、アゴからしたたり落ちないように、ハンドタオルを


あごに当てるようにしました。

 

 

 


 名前を呼ばれました。

 

 

 1人で診察室の前に移動して待つと、少しして中から呼ばれました。


 

 

 ハンドタオルをアゴに当てた私が、まだ涙を流したまま入ったので、


先生方はちょっと驚いていらっしゃいました。


 

 

 

 まず先生から、


 「容器の中を調べましたが、1部しか入っていませんでした」


と言われました。

 

 


 私は言葉が見つかりませんでしたので、何もお返事できないで


そのまま黙って座っていました。

 

 

 

 少ししてやっと口を開いて、


 「昨日の夜までに、どんどんお腹が痛くなって、出血もひどくなって、


今朝起きたら、ものすごい大出血でした」


とお話しました。

 

 

 


 先生は、だから入院した方がいいって言ったじゃないという表情で


聞いて下さってから、

 

 「診てみましょう」


という事になりました。

 

 

 

 私が廊下に外に出ようとしていると、先生はまた、

 

 「容器の中には入っていませんでした」


とおっしゃいました。

 

 

 

 私はもう、そんな事言われても分からない。分かりたくないという


気持ちで一杯で、ただ黙って泣いていました。

 

 

 


 内診室に入って、診ていただく時には、何と表現したらいいのか


とても複雑な気持でした。

 


 

 まもるくんの心拍動はもう止まっていて、子宮の入口というか、


子宮の出口の所まで来ていました。


 

 

 先生は


 「ひっかけて取り出していいですか?」


とおっしゃいました。

 

 

 


 そう聞かれたところで、以前ネット読んだ流産体験記を思い出し


ました。

 


 

 

 お腹が痛いので早く何とかして欲しい、この痛みを取り去って欲しい。


 

この痛みがおさまるなら、早く掻き出して楽にして欲しいと思って


しまった自分が悲しいというような体験記でした。

 

 


 私はすぐに、


 「はい」


とお返事しましたが、先生はもう一度、


 「いいですか?取り出しますよ」


と確認してから、まもるくんを引っ張りました。

 


 

 まもるくんが出て行く時には、ぎゅうっと目を閉じていました。

 


 

 その時、

 

 「わぁっ!」

 

という、先生や看護婦さん方の声と共に、

 

 「ゴンっ」

 

という音がして、まもるくんが床に落ちました。

 

 

 

 先生が、

 

 「大きい方の入れ物を持って来て」


とおっしゃって、

 

 「ホルマリンの入っている方ですか?」

 

と看護婦さんが聞いて、

 

 「入っていない方です」

 

というやり取りがありました。

 

 

 

 ぎゅっと目を閉じたまま、

 


 ホルマリン?

 

 ホルマリン漬け?

 

 嫌~~!!!と思いながら、それと同時に、

 

 「床に落ちたまもるくんが、目を開けたら見えるかしら?」

 

 「見ない方がいいのかしら?」

 

と、心の中で葛藤していました。

 

 

 

 大きい方の容器が運ばれて来るまで結構時間があったので、


ぎゅっと目をつぶったまま考えていましたが、結局は、


落ちたまもるくんを想像しただけで、目を開けて見る事は


しませんでした。

 

 

 

 見なかった事で逆に妄想が膨らみはしました。

 

 

 

 まもるくんが落ちてきて、取り落としそうになって、もんどり


打っている様子。

 

 

 

 先生や看護婦さんの白衣に血が飛び散った様子。

 

 

 スローモーションで落ちていく血の塊。

 

 

 まもるくん。

 

 


 最後にゴンっと大きな音を立てて床に落下して、少し弾むまでの


イメージが、私の頭の中に映像として残りました。

 

 

 

 気がつくと、カーテンの向こうが静かになっていました。

 

 

 

 そこで、ぎゅ~っと閉じていた目を、ゆっくりと開けました。

 

 


 椅子が電動で動いて元の位置までゆっくりと戻った頃、


1人の看護婦さんが顔が見えるように短いカーテンの真下にしゃがんで


やさしく声を掛けて下さいました。

 

 

 「大丈夫ですか?」

 

 

 血を拭き取るために、ウェットティッシュを差し出して、

 

 「ナプキンを持っていますか?」

 

と。

 


 その時には、全然大丈夫とはほど遠い気持ちで、心が完全に


閉じていました。

 

 

 「はい」


とお返事をすると、すぐに顔を背けました。

 


 

 内診室を出ると、診察室の前の狭いスペースには、ぎっしりと人が


待っていました。

 

 


 そしていつもだったらキッズスペースの方にいるのであまり見かけ


ない、2人め不妊で、お子さんをだっこしている方が、その時に


限ってたまたまお2人立って待っていらっしゃいました。

 

 

 

 目の前のソファーの1番端の方が一人呼ばれて立ったので、出てすぐ


そこへ座りました。

 


 

 泣いているのでソファーの端の席で良かったと思っていると、


2人の子供たちが、これ以上ないという位楽しそうな笑い声を上げ


始めました。

 


 「きゃはははは、きゃはははは、きゃ~」


 

と、ずうっと笑っているのです。

 

 

 

 その声がもうつらくて絶えられなくなって、出来れば頭をかかえて、


耳を両手でふさいで首を左右に振りながら泣き叫びたかったですが、


そうする訳にもいかないので、隣の人のかげで、声を殺して号泣しま


した。

 

 

 

 結構声が洩れてしまっていましたが、子供達があまりにも大声で


笑っていたので、お母さん達には私の泣き声は聞こえなかったと思います。

 

 

 隣の方はさぞ驚かれた事でしょう。

 

 

 

 泣いている途中でふと、


 「これは、そこにいる子供達の声ではなくて、空耳なんじゃないか」


とも思いました。

 


 

 よく流産した後、その子が


 「大丈夫だよ。悲しまないでね」


と笑いながらお空に帰って行くというような話もネットで見かけて


いたので、そんな風にも思いました。

 

 

 でも、首を伸ばしてその子供たちの方を見て確認してみようと


までは思えませんでした。

 


 

 診察室で先生と再び対面すると、もう一度、


 「入れ物の中には、1部しか入っていませんでした。」


と、おっしゃいました。

 


 

 それから、


 

 「昨日は言いませんでしたが、昨日診察した時にはすでに


出口の方に降りてきていて、心拍動も弱まっていました。」

 


 

 「今日はすぐ見える所まで出て来ていたので、ひっかけて


取り出しました。」

 

 

 「手術は必要ありません」

 

 

 「次は4日後に来て下さい」


というお話があって終わました。

 


 

 

 待合室で待っている夫の所へ戻りました。

 

 夫に一通り伝えると、


 「痛みは?」


と聞かれました。

 

 

 

 「もう取り出したので痛みは楽になった」


と言うと、夫は少し安心していました。

 

 

 

 そこで時計を見ると、診察開始の時間から20分が過ぎていました。

 

 

 

 待合室には私の為に止められてしまった方達が沢山待っていました。

 


 

 車で家に戻ると、夫は、今日が東邦大学大森病院に、染色体検査の


結果を聞きに行くはずだったので、病院にお電話をして、事情をお話して


キャンセルしました。

 


 

 そして、


 「これ返してくるね」


と言うと、2人分目一杯12冊借りていた妊娠の本をごっそり全部持って、


図書館に返却してから会社に行きました。

 

 

 

 私は夫が出勤すると、まず妊婦さんが集まるサイトに登録していたのを


退会しました。

 


 

 そのサイトで、20日間という短い時間でしたが、毎日幸せな日記を


書いていたのです。

 


 退会した時点で、日記も全部消えてなくなってしまいました。

 

 

 ログも残していなかったのです。

 


 

 それから、ネットで流産体験記を探しては読みふけって、一緒に


涙しました。

 

 

 

 週末になると、図書館に行って、今度は、流産体験の本を借りて


来て読みました。

 

 


 そんな風に、流産後はどっぷりと流産にひたって、涙に暮れて


いました。

 

 

 

 小学生の頃、母からいつもご近所の、何度か流産をされた方の


お話を聞かされて育ちました。

 

 

 大人になってからも、母はよく流産されるお友達のお話をして


いました。

 

 

 


 私が母から繰り返し繰り返し聞いて、流産に対して持っていた


イメージは、流という言葉から水で、小さい赤ちゃんが、死んで


しまって、お手洗いに行った時に、さらさらさらっと流れ出て


来てしまう、そんな透明なイメージでした。

 


 

 そこには少しも血の赤や、痛みが伴っていませんでした。

 

 

 でも、実際の流産というのは、私が子供の頃から持っていた


透明なイメージとはかけ離れていました。

 


 

 血の色、赤一色で、しかも赤ちゃんだけでなく、胎盤、赤ちゃんの


大きさの何倍もあるものが全部出てくる、透明とはほど遠い、


激しい痛みを伴うもので、そのあまりの違いに私は驚いてしまい


ました。

 

 

 

 

 

 

 私のかわいい赤ちゃんが死んでしまった。


 お腹に赤ちゃんが出来たと知ったその時から、


 120%の愛情を感じていました。


 死んでしまうなんて夢にも思わなかったです。


 まさか、私のかわいいまもるくんが死んでしまうなんて。


 ありえません。


 まもるくんを失った悲しみが癒える事はありません。


 涙が出なくなる日が来る事はないでしょう。


 私の赤ちゃん。


 初めての赤ちゃん。

 

 

 

 

 

 まもるくんの命日は6/12です。


 病院に行く前の日を命日と決めました。

 

 


 
 2年後の6/12に不思議なことが起こりました。

 


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